「―――どう言う事?」
「・・・姫?」
受話器越しから聞こえてくる聞き慣れた声が発した事実。
それに静かに聞き入っていたは柳眉を吊り上げた。
一面ガラス張りの温室。
中央に設置された猫足テーブルにお茶請けをセットする長身の男は、少女の不穏な空気に気付き手を止める。
『どうもこうも。君が並中から離れている間に僕の死角で起こった事だよ』
「不愉快だわ」
『だから電話した』
「・・・近く、会いに行くわ」
『そうして、じゃあね』
短い会話を終え、携帯端末を湯のみの傍に放り、そのままお茶で喉を潤した。
洋の雰囲気漂う温室にあるお茶請けは和菓子と言うミスマッチ。
それを気にせず、は上生菓子に口を付けてモバイル端末を開いた。
「コウ」
「はい」
気怠げにソファに寄りかかり、PC画面の文字の羅列を目で追いながらは傍の秘書兼護衛役を手招く。
コウと呼ばれた彼は護るべき少女の傍に膝をついて彼女の指示を待った。
「飛行機の手配を」
「了解です」
「・・ああ、それから今から買い物行ってくる」
「・・・またですか?お土産物でしたらご用意しますよ」
「――何?」
「失礼しました。送迎の車を用意しましょう」
「ん」
猫の様な形をした漆黒の目に鋭さが増す。
プリーツスカートから伸びる黒タイツに包まれた脚を組み直し、重力に従って真っ直ぐ降ろされた髪を掻きあげる。
モバイルPC片手に作業する姿はさながらオフィスレディーかキャリアウーマンの様であるが、彼女の姿がそれらを否定させた。
「行って来る。後は任せるわ」
「行ってらっしゃいませ」
「ん」
立ち上がり、踵を鳴らすその靴は学生用のローファー。
なだらかで薄い肩を覆うのは白いラインが浮く襟。
胸元の紅いスカーフ。
彼女の身に纏うものは所謂セーラー服と言うものであった。
―――――――。
―――――。
――――。
沢田綱吉は愕然とした。
一体何が悪かったのだろうかと。
いやいやいや。
思い返せば、己のダメダメな人生の中で此処最近の波乱万丈さは特に逸脱していた。
何がって、急に現れた赤ん坊とか、自分の周囲の事件とか赤ん坊が連れてきたマのつく危険人物とか。
兎に角綱吉の周囲には騒動と呼ぶに相応しい出来事がそこ此処で繰り広げられていて。
中学校に上がってからと言うもの、心休まる事がなかった。
特に家庭教師を名乗る赤ん坊、リボーンが全ての元凶である事は間違い無いのだが。
何かとマフィアに関連する事に巻き込むリボーンはいろいろ理由を付けては綱吉をマフィアのボスにしようと虎視眈々。
そのたびに綱吉は全力で拒否を繰り返しているのだが。
ボンゴレマフィアの直系の血を引いていると言われても、綱吉はそれは傍迷惑な話であってマフィアになる気もサラサラ無いのだ。
だというのに。
「沢田綱吉、山本武、獄寺隼人。各三名は至急応接室に来い」
昼休みに教室に現れた学ランを見て、綱吉だけでなく教室中のクラスメートまでが息を呑んだ。
見覚えのあるリーゼント。
左腕の『風紀』の腕章。
彼らが口にした地獄の扉「応接室」。
呼ばれた山本武はきょとんと目をしばたかせ、何だろうなあと綱吉に語りかける。
獄寺隼人に至っては、もともと悪い目つきを更に剣呑なものに変え喧嘩をふっかけそうな雰囲気だ。
「ああ?!10代目に何のご用だ?」
「ご・獄寺君!ああああの!お、俺たち一体・・・」
「雲雀は俺たちに何の用なんだ?」
一番冷静な山本の返答に綱吉はホッとしながらも、事実上の不安は消えない。
何せ相手は風紀員。
呼び出された先には高確率で並盛最強(最凶)雲雀恭弥と言う名の不良が待ち構えてる。
「(い、行きたくないっ!)」
「行く必要なんてねえっスよ10代目。雲雀に関わってロクな事はねえっスから」
「まあ、そう言うな獄寺。ツナ、待ってんのは雲雀だけじゃねえゾ。行って来い」
「リボーンさん!いつのまに!?」
「り、リボーン!!なんでいるんだよ!?てか、雲雀さんだけじゃないって・・」
憤慨する獄寺を押して唐突に現れたリボーン。
綱吉は驚きと同時に疑問を抱く。
リボーンの登場に獄寺も閉口し、山本も興味を抱いて何時の間にか机の上に鎮座する黒スーツの赤ん坊を凝視した。
「兎に角会って来い。上手くいけば最強のコネクションを持てるぞ。交渉ビジネスもマフィアの基本だからな」
「結局そこかよ!?」
「なあ、坊主は俺たちを呼び出したのが誰か知ってんのか?」
「まあな」
―――ピンポンパンポーン・・・。
『1-Aの沢田綱吉、山本武、獄寺隼人は至急応接室へ。僕は繰り返さないよ、来ないと咬み殺す』
ピンポンパンポン。
・・・・・・・・・・・。
「ツナ逝って来い」
「それリアルに召されちゃうから!!」
綱吉の悲鳴が同情の視線飛び交う教室に虚しく響いた。
「し、失礼しま」
「遅い」
ギュン!
「ぎゃあ!!」
「てめえ!!」
「あ、っぶねーなあ相変わらず」
地獄への入り口基応接室の扉をそろりと開くと、そこには並盛最凶がトンファー両手に待ち構えていた。
これでも渋る獄寺と呑気な山本を引きずってきたというのに。
校内放送したご本人にはすでにご立腹。
理不尽だと言いたいが綱吉にそんな図太い神経は持ち合わせていない。悲しい事に。
これで交渉とかコネとかいうリボーンの自分の見る目を疑う。
「これでも急いで走ってきたんだぜ?もう少し手加減してくれよ。怪我したら危ないだろ雲雀」
良く言って大らか。
悪くて鈍感な山本節を炸裂させる。
綱吉もそれには大きく頷きたい。
校内放送に命の危険を抱いたのは初めてだ。
「なに?廊下走ったの。咬み殺すよ」
「理不尽ー!!?(結局それぇー!?)」
「てめーが呼んだんだろうが!聞き入れられっか!」
ますます険悪になる空気(特に雲雀と獄寺)にやんわりとした涼やかな声が響いた。
それまで応接室の入り口で行われたやり取りで、雲雀を壁に奥の光景がどうなっているのか全く気づかなかったのだ。
「恭弥」
「・・・・」
「彼女」は応接室のソファに腰掛け、のんびりと雲雀と綱吉達をその真っ黒な瞳におさめていた。
真っ黒な瞳と長い黒髪。
濃紺のセーラー服に身を包んだ華奢な体躯。
彼女の後ろに控える短髪赤毛の男の方が目立ちそうだというのに、小さな彼女の方がその存在感は桁違いに大きかった。
気怠げでありながらその眼光は強く煌めいていた。
まるで肉食獣の様に。
「(こ、この人・・なんか)」
「恭弥」
再び口を開いた彼女は白い手のひらを下に向けてゆるりと上下に振った。
所謂「こいこい」。
「(ひ、雲雀さんにそれをー!?)」
「・・・なにしてるの。さっさと入りなよ」
「・・・・へっ!!?」
思わず逆上した雲雀が今度は彼女に凶器を振るうのかと思いきや、何もなかった。
横暴な雲雀の態度に獄寺がまたキレかけたことは置いといて。
可笑しなくらい雲雀は大人しく漆黒の彼女の隣に腰掛け・・はせずに傍の背もたれに腰掛けた。
草食動物と言う名の弱者の群れをこよなく嫌う雲雀にしては珍しく、彼はそのまま応接室に残るようである。
「まあ、肩の力を抜きましょう。座って」
「あ、すんません」
「え、えっと失礼します・・」
「・・・・・・」
正直緊張しっぱなしの上に、最強の不良が視界に入っているだけでいろいろと無理がある。
それに、そんな雲雀恭弥が進んで傍に控える「」の存在は綱吉の緊張を更に煽る以外に効果を発揮しない。
両脇に獄寺と山本がいる事で心強さは補ても、そもそも呼び出された理由が分からないので冷や汗は止まらない。
は綱吉たちを一通り一瞥してから、膝の上の数枚の紙の束をばさりと互いを挟んでいる短足のテーブルに放った。
ばさり。その音が静かな部屋にやけに響く。
「――そこに書かれてる内容、身に覚えがあるわね」
「――ひぃ!」
まるで肉食獣に睨みつけられている様な眼光に綱吉は竦みあがり、傍の獄寺も身構えた。
一瞬まるで目の前に雲雀恭弥が二人いる様な錯覚に襲われたのだ。
一人山本が資料を拾い上げ、「あれ?」と声をあげて現実に引き戻されたが。
「なあツナ、これって」
「え?・・・・・えっと」
難しい文字や漢字の羅列で、すぐには分からなかったがそれを読み進めてたっぷり10秒後に綱吉に青筋が立った。
訝しんだ獄寺が資料を山本から引ったくり、こっちはすぐに頬を引き攣らせた。
書いてあった内容は大まかに言うと、
器物破損、
爆発物の持込み、
火薬物による爆破被害、
消火栓の無許可改造及び改装、
重火器の発射と放置、
幼児の校内侵入、
脱衣による公共猥褻、
などなど。・・・・。
「あああああの!!こ、これは、その!!」
言いがかりだと言いたい。
言いたい、が、もうほとんど全部綱吉たちを中心として起こった出来事を列挙されている。
言い訳も考えつかない綱吉をはじっと見つめ、横に置いてあった別の紙の束をぺらりとめくって、
「それは並盛中校内の事項よ。ほら、まだある。これ学校外」
「(ぎゃーーー!!)」
「げ、マジかよ」
流石に此処までくると、大らかな山本までたじろいてしまったようで重苦しい空気が立ち込めてしまう。
そもそも一連の騒動は綱吉たちが関係しているとしても、その根底にはリボーンと言うマフィアな赤ん坊がいる。
毎度いい様に振り回されている綱吉は、まさか此処にきてこんな最悪な形で現実を突き付けられるとは思ってなかったのだ。
騒動の後はリボーンがフォローしているものと思っていたから。
しかも壊れた校舎や被害を見るにとても弁償できそうにない。
いろいろな意味で真っ白になった。
「随分派手な青春を送っているようね」
「あの・・・」
「なに?訂正するところでもある?」
辛辣な彼女の物言いに、短期な獄寺の導火線に火がついた。
ガバリと立ち上がり、片足でテーブルを踏みしめ身を乗り出す。
そのままの胸倉を引きずり出そうと手を出して、
ギュン!
ガンっ
「なっ」
「気安く触るな」
「咬み殺すよ」
それまで静かに傍にいた雲雀はトンファーを獄寺の首元へ、
赤毛の男の手には長い棒「棍」が獄寺の足元のテーブルに突き刺さっている。
「え、え?」
「一体・・」
一瞬出来事に約三名各々がなにが起こったのかすぐには理解できないでいた。
なんでこの人たち普通に武器持ってるのかとか、
正体も分からない彼女を何故庇ったのかとか、
雲雀までがどうして彼女を守ったのかとか、
―――そもそも彼女は一体何者なんだとか。
何事もなかったようにゆったり腰掛けるはやれやれと言ったように吐息を付き、凶暴二人をいとも簡単に引き下がらせた。
「恭弥、コウ、話は終わってないわ」
「はい姫」
「・・・・・」
「「「(ひ、姫!!?)」」」
一体どこの国だと言いたいのを飲み込んで、三者とも驚愕に目を見開いている。
むしろお姫様と言うよりも女王という方がしっくり来るのは何故だろうか。
「紹介をし忘れたわね。わたしは、―――」
妙に耳朶を振るわせる朗々とした声ははっきりと告げた。
「ここ、並盛中学校の理事長よ」
り、
理事長オォーーーー!??
きっといろんな武勇伝がある嬢でした(^^ゞ
雲雀の手綱(?)を握り学校の理事長してます。
いろいろ複雑な家庭事情を経て並盛征服を目論んだ次第でございます。
気分は「いっぺん死んだんだから人生やりたい放題」ですかね。