――――それはほんの数日前の事――――
日本は何てぬるいのだろう。
気温の事ではない。
人間関係や警戒心といった精神的なものがだ。
六道骸が帰国子女として中学校に編入した時の第一印象がそれだ。
マフィアに追われ、殺し殺されるといった環境下で成長した骸にとって、無防備や無警戒は死と同義である。
某巨大マフィアが日本贔屓という情報を得ていた所為か若干期待していた分、落胆もいくらかあった。
自身の肌に慣れた、殺伐とした空気というものが感じられるのではないかと。
「なんだあの目の色」
「かっこいー、外人ってもっとがっしり系かと思ってた」
「オッドアイ・・だっけ、あんなのホントにいたんだ」
「漫画でしか見たことないよねー。でも顔はいいからあたし的にOK!」
「うっわーあんたも?競争率高いじゃん」
ああ、くだらない。
上辺ばかりの笑顔を浮かべながらそう言い張ってやりたい。
水面下で下準備を行っているような今の状況さえなければ。
人手が少ないとはいえ、相変わらず追われている身であれば大きく動く事もはばかれるのだから。
何しろ骸達が隠れ蓑として編入したのは黒曜中学校。
彼らの目的たる巨大マフィア・ボンゴレファミリーの次期跡取りが居るであろう並盛町の隣町の学校である。
下手に騒がれ、どこにいるかもまだ知れない敵にこちらを勘付かれるわけにはいかない―――。
「なんなんら、あいつら!骸さんに馴れ馴れしくすんなっつーの!」
「犬うるさい」
「うっせーつの!柿ピーだってうぜーとか思ってたじゃんよっ」
時期外れの転校生は周囲の興味を持たれがちだ。
しかし育った環境が環境であるがため、犬と千種はそもそも学校が『勉強をする場所』という程度の大雑把な知識しかない。
無遠慮で幼い好奇心に晒されるなんて考え難いのだろう。
骸に関しては、・・・・知っていても納得してしまうのが不思議だ。
実際転校生の六道骸はその抜きん出た容姿に限らず完璧に周囲に適応しているのだから。
初めての学校と、初めての一般人の波に放り込まれた感想としては、犬と千種には最悪という印象しか持たせなかったようである。
その独特の性質と雰囲気の所為で怪我人は出したようだが、死者が出なかった事は寧ろ奇跡だろうか。
黒曜中が元々不良の多い事でも有名な事もあったろうが、前々から言い聞かせて良かったとは骸の心情である。
「まあ、イラつくのももうすぐ終わりです。並盛町に潜入させた者達から「ランキング フゥ太」が見つかったと報告がありました」
「マジれすか!?」
「ええ、彼が並盛にいるという事は彼の傍にボンゴレが居ることは間違いないでしょう」
「・・並盛はボンゴレの縄張りでしたっけ」
今後の事を大まかに知る犬と千種には朗報だろう。
単純に喜ぶ犬と、過去に骸が話していた内容を復唱する千種。
フゥ太は神出鬼没の少年情報屋だ。
その幼さからは想像も出来ない程正確な情報を有してる。
それは例え当事者も知りえない事柄でも全てをランキング出来る能力――。
「では、彼の回収には僕が行きましょうか」
「え!?骸さんが行かなくたっていーじゃないれすか。柿ピーに任せればラクショーっすよ」
「・・・めんどい。犬が行けば」
「なんらって!?」
いきなり喧嘩腰に擦り付け合った二人を、呆れた様子で見ていた骸はやれやれと首を振った。
「クフフ・・お前達やめなさい。僕も偶には外の空気を吸いたいですから」
「吸ってるじゃないすか?骸さん昨日も学校いったし」
「・・犬、馬鹿」
「んだとこらーっ!!もっかい言ってみ!?」
言葉を理解しきれない犬と、理解しても説明を面倒くさがる千種を置いて、骸は立ちあがった。
単純で頭に血が昇りやすい犬をやり過ごしながら、視線で自分を見送る千種に手を振って骸は自分達のアジトから出て行った。
廃屋であるそこはあちこち瓦礫が転がって、割れた窓もそのままという有様だが、広さだけは十分にある。
目的達成の舞台として、この黒曜ランドは実に最適だった。
前までは黒曜中の不良や暴走族等の溜まり場であったが、骸達がここを住処にしてからは人影はほとんどない。
溜まり場にしていた青少年たちは言うまでもなく、主に犬や千種を始めとした手下達のお蔭(所為?)で二度とここへ来る事はなくなった。
この場合、殺人ではなく恐怖を植えつけられた事で退散した事はあえて言っておこう。
ここは日本だ。未成年同士の喧嘩ならいざ知らず、殺人や行方不明は高確率でニュースに流れる。
「窮屈ですね・・・」
日本という国も、自分の現状にも。
六道骸にとって今更人の命を奪う事に罪悪感を抱く事などない。
平和が過ぎるこの国の一体どこがいいのか、それを贔屓しているというマフィアの正気を疑う。
―――私、日本人だから。
「・・・・・・・・そう言えば、彼女もこの国の出身でしたっけ」
夢を渡るという特殊な縁で出会った少女を思い出す。
第一印象は強烈で、血濡れの体で己の死を否定し咆哮する姿。
彼女の抱く底知れぬ激情に触れて見たくて自ら近づいた。
始めから辛辣で、友好的に接しても刺々しい言葉しか返してくれなかった彼女。
それでもこちらから話題を出せばいくつかは答えを返して来てくれた事に、骸は好奇心を抑えきれず偶に彼女の夢に潜ってはちょっかいを掛けていた。
ちなみにそれが彼女の嫌がる事と知ってやっているので、彼女からは優しい言葉を返してもらった事などこれまで一度もない。
『いまいち貴女の心は読めませんね。なんというか常に真っ黒でドロドロしています』
『・・死ねナッポー。パイナップルの房を貴様の脳天からぶっさしてやる』
『クハハハ!何を非現実な――クフン!?!』
そもそも夢に現実も非現実もないが、器用にも己の意識をコントロールできるらしい彼女が特大ナッポーを骸の頭上に落としたのは記憶に新しい。
夢の中といえど、痛いと思えば痛覚も存在し、実際怪我はしなくても目覚めた後にまで痛みを持ち越すこともありえてしまう。
意識のコントロールくらい骸の得意とするものだが、容易ではないそれを彼女が行った事には驚かされた。
『酷いじゃないですか。なんてエグイ攻撃を』
『うっさいわナッポー。言われて嫌な事を平気でするのが悪いわ』
『・・・ナッポーやめてくれません?』
あまりにも低次元でしょうもない事である所為か、珍しく骸が折れた。
やり取りはとんでもなく下らないのに、彼女とのこうしたやり取りに充実感を感じているのは事実であった。
『――そう言えば僕、今度日本に行くんですよ』
『ふうん』
『クフフ、お土産でも差し上げましょうか?』
『東京バナナ』
お互い個々に具現化させたソファに腰掛けながら、珍しく他愛ない会話をしている時だった。
彼女の容姿が華やかな事を考えながら、なんとなく国籍を探ろうと思ったのだ。
骸は自らの名を名乗っていたが、彼女は一度も名乗るどころか自分の事を一切口にしない。
そんな強い警戒心を寧ろ骸は好んでいた。
『クハッ・・注文しながら本品を具現化するなんて性格悪いですね!』
『それを愉快気に爆笑するあんたもね』
豪奢なソファに体を沈ませた気だるげな雰囲気はまさに王族の様な雰囲気。
腕に抱えた名物菓子が質素に見えてしまうほどの存在感はまさしく女王だった。
『日本好きなの?』
『まさか。行った事は有りませんが平和で退屈で面白みのない国だろうと思ってますよ』
『・・・・ふうん』
『貴女はどこかの王族って感じですが』
にこりと口角を上げて骸が振る。
大した事を返してもくれないと半分以上期待していなかった彼は、予想を上回る驚きを返された。
『・・・期待してるなら悪いけど。私日本人だから』
『・・・・・・・・・・嘘です』
『失礼ね』
『貴女はどこぞの王族に違いありません』
『・・・・・』
まさか、そんなぬるい平和の国の住人だなんて。
目の前に座る見たことない高級感あふれたソファに腰掛け、気だるげながらに品位のある彼女の容貌は寧ろ華やかな国柄を示しているものと信じていた骸にはショックが大きい。
『・・・・そんな。貴女浮くでしょ』
『・・・・・まあ、否定はしないわ』
『ええ、ええそうでしょうとも!』
肯定の意思を聞いて、妙に安心した骸はしばらく彼女の身元を聞かない事に決めたのだ。
「(アレはまさにショッキングな出来事でしたねえ)」
整然とした住宅街の迷路を歩きながら、骸は一人黄昏る。
あんな存在感ある人間がもしも、例えばこんな住宅街にいたとしたら・・・ある意味シュールな絵が出来上がる。
出会ったときの光景があんな血なまぐさいのだから、日本人という選択肢なんてその瞬間に消えるだろう。
「(ハーフ・・なんでしょうか。いや、出生地がたまたま日本だったとか・・?)」
最早純日本人なんて選択肢は端からない。
しかし、いろいろ思考していても骸の目的は変わらない。
視界の隅に目的たる人物をとらえた瞬間、その雑事はかなたに追いやっていた。
「・・・・いましたねぇ・・・ランキング、フゥ太」
口角が持ち上がる。
心からの笑顔なんて忘れた、作り物の狂気的な笑み。
六道骸は自らの目的の為に、その足を淀みなく彼の者へと向けたのだった―――。
名前変換は有りません。
結構どうでもいい(ぉぃ)骸さんの独唱です。
嬢の容姿については、追々分かっていく予定ですので長い目でお待ちください。
夢の中でも女王様属性ってところは変わりません(笑)