La Regina sorride 【 女王は微笑う 】
夢霞U

鮮血の大地と満天の星空の世界で、その少年が視界に入ってきた。
思いもしなかった侵入者にが抱いた感情は二つ。

こいつは誰かという「疑問」。
目前に現れるまで気付かなかった「驚き」。

今まではこの夢を見る毎、血まみれの体が大地に還り行く己の姿を嘆き、
それを否定し叫び、最後に目覚めることを繰り返して来た。
しかし思いもしなかった侵入者が己の視界に前触れなく顔を出した事により、は驚愕するしか無かった。

「こんにちは」
「・・・・だ、れ」

口から溢れていた血は止まるが、口の端から伝っていたアカは未だ生々しく鮮やかだ。

の視界に映る少年は青と赤のオッドアイが特徴の女性的な美しい容姿をしていた。
年齢は見たところ中学生くらいか。
しかし歳不相応に落ち着いた雰囲気と穏やかに形作られた笑みが、彼の印象を老成させている。

「素敵な世界ですね。ここは貴方の作り上げた世界ですか?それとも実在する場所で?」
「・・・・」
「貴女の様な年頃の女性がここまで殺伐とした世界を作り出したかと思うと、ある意味好感というか、とても興味がわきまして。ねえ、教えてください。貴女は何者ですか?」

実に不思議という形容がぴったりな少年だが、一般人なら発狂しそうなこの世界を「素敵」「好感」と言い切る彼の態度には実に率直な結論を出した。

ああ、彼は変態だ、と。

「ああ、僕は六道骸と言います。よければ一緒にお話しませんか?」
「・・・目が悪いの?冗談は頭頂部の南国果実だけにしてくれる」
「・・・・・・・・・・・・」

骸が思っていた以上に彼女は辛辣だった。
自分でセットしている髪型が仲間内でパイナッポーと言われていることを自覚したくない彼にとって、の言葉はまさしく死球(デッドボール)。
予想と抱いていた幻想を打ち砕き、見事に斜め上を行っていたのであった。

高級ソファに気だるげに腰掛けたの元へ、長身の赤毛の男が書類片手に足早に戻ってきた。
情報収集を指示した本人であるは別件の書類から手を離し、自然と話を聞く姿勢を取った。
とはいいつつも手元から書類がなくなっただけで視線は明後日。ソファには深く腰掛けたままであるが。

「姫・・・」
「――その様子だと、彼は」
「ええ、沢田宅には帰宅した形跡はなく、ここ数日フゥ太少年の消息が途切れています。もっとも、彼は沢田家に居候する前から痕跡が薄く、確証も五分といったところですが・・その」
「?」

数時間ぶりに見る赤毛の男の眉間には皺が。
訝しみ、は視線で先を促した。

「彼は共犯の可能性があります」

「―――根拠は」

コウが結論を先に出すことは珍しい。
しかし否定せず彼の集めた情報から何を得たのか、は静かに問うた。
例え、の中で大まかな結論が存在していてもだ――。

「彼の『ランキング能力』を使用したと思われる現象が、消息を絶つ直前、並盛公園で確認されています」
「・・あの無重力状態か」

以前のランキングをしたあの少年・フゥ太は、ランキングの星とやらと交信する為だとかで一部空間を無重力状態にする。
目の当たりにしたはそれをする理由も原理も分からないが、屋外で能力を使用するには少々目立つだろうと思えた。
彼自身も含めて周囲にある石や椅子、の体までもが浮遊する現象は記憶に色濃く残っている。

「その直後、黒曜中の男子生徒と共にどこかへ行ってしまったのを現場の主婦や子供が数名目撃しています」
「無重力現象を見ていたのならほぼ間違いないわね」
「はい。しかし少年に抵抗の様子はなく、兄弟だろうと目撃者は思っていたと」
「連れて行った男子生徒は?」
「それが、可笑しなことに外見的特徴が酷く曖昧で・・・」

コウが現場で聞き込んだ証言に、も険しく眉間に皺を寄せた。


『マフラーの子は可愛かったけど、あの男の子もすごく綺麗な顔をしていたわよね』
『あら、そうだったかしら?可笑しいわね背が高くて髪が長かったことは覚えているのだけど』
『いやだ仙道さん。ショートヘアーだったでしょあの子』
『ちがうよママー。あのおにーちゃん帽子かぶってて青いお目めしてたよ』
『帽子なんて被ってたかしら?やーねーもの忘れなんて・・・』

身体的特徴がここまで食い違うのも異様だ。
見た対象が同じならば共通する特徴があってもおかしくない。むしろ当然と言える。
唯一探り出せたことは『黒曜中の制服姿』と『男』であること。

「黒曜、か・・隣町でわたしは関わってないけど」
「・・・・先日そこの理事会から残暑見舞いが来ましたが、」
「あの和菓子は他のと一緒に恭弥が応接室に持って行ったわ」
「・・・・・(最近よく来ると思ったら)」

並盛の秩序は雲雀恭弥と謳われているものの、事実上の支配権はその従姉・が握っているのは周囲の大人たちの知るところである。
まあ、どちらにしてもこの二人のどちらかの機嫌を損ねればただでは済まされないのはもはや常識。
それを知っている世渡り上手がこうして、毎度毎度お歳暮を届けてくるわけである。

「とにかく、目星は付いた。黒曜中に焦点を合わせるから調査は続行。わたしはこれから出かけるから」
「分かりました。変事の場合は連絡します」
「ん」

自宅から歩いて10分程で並盛の商店街を通る。
人の活気あふれる商店街は、常ならばあちこちから人の喧騒に溢れているはず。
最近の暴行事件の噂が町に蔓延しているせいで、今は開いている店も活気が薄い。

「おや、あれはちゃんじゃないかい?」
「え?あ本当。ちゃんだ」
「おーい、ちゃーん」

そこ此処からを呼ぶ声に振り返る。
迎えてくれる愛想の良い朗らかな笑顔はこの町の穏やかさを表しているようだ。
呼ばれるままに手を振り、八百屋や洋装店の店員や客へ近づく。

「今日は一人なのかい?ダメだよぉ最近物騒なんだから」
「そうそう。若い子ばっかり狙われてるって聞いたからね。ちゃんも気をつけないと」
「いつも一緒にいる子たちは?赤い髪の男の人とか学ランの男の子とか・・」

わらわらと一人の少女を取り囲む大人たちは皆親しみを込めて彼女に声を掛ける。
馴れ馴れしいというわけでもなく、彼らは純粋にという人物を心配し慕っているのだ。

「・・・平気です。黒部さん達も気を付けてください」

「あんたも無理すんじゃないよ」
「そうだぞ。ちゃんにはいろいろ世話になってるからね。体壊すんじゃないぞ」
「はい」

商店街の人たちに見送られ、は再び足を動かした。
毎回商店街を通るとこうして声を掛けられるは、町の権力者であると同時に、実は並盛商店街のアイドルだったりするのだが後者を知らぬは当人のみである。

そこからさらに10分程で並盛中につく。
寄り道で本来の倍かかるのはいつもの事である。
緊急でなければ声をかけられる度に寄り道してしまうのがであるが、彼女のそういう広い視野こそが町民の人気を集めているのも事実であった。

並盛の支配者はこうしてこっそりと地域に密着していたりする―――。

並盛中学校応接室が風紀委員会に割り当てられた一室であることは、ここの生徒であればほとんどが知っている。
そしてその風紀委員のトップを担う男が並盛町の不良の頂点に君臨していることもまた周知である。

そんな一般から見れば恐ろしい虎の穴ともいえる部屋に、何故か一昔前のリーゼントヘアーの学ランの生徒がその部屋の扉をノックする。
なにも彼はそこにいる並盛最強の不良に喧嘩を売りに来たのではない。
その証拠に、彼の左上腕には【風紀】の腕章が掲げられ、何より彼自身がその不良の頂点に君臨する男のもっとも身近な部下であるのだから――。

「失礼します委員長」
「なに・・・?」
「理事長がいらしてます」

大柄な男の言葉は、高級感漂う事務机で書類を捌いている少年に向けられた。
がたいの良い体格をしたリーゼントよりもその少年の体はまるで小柄だ。
黒髪に黒い釣り目が印象的な、しなやかな黒猫を連想させるようなこの少年を見て一体誰が冷酷無慈悲な風紀委員長と思うだろうか。

「・・が?」

「理事長」という単語を耳にするまで一切部下へ視線も上げなかった少年・雲雀恭弥は、自らが発したその名を不機嫌そうに零した。
理事長とはつまり、の事であり彼の従姉である。

「先程廊下でお見かけしました。「所用が済めば委員長にも顔を出す」と」
「へえ、彼女、僕より重要な用事があるようだね」

雲雀の目がすうと細まり口角が上がる。
彼は元々好き嫌いがハッキリしてはいるものの、喜怒哀楽を表現する波は緩い。
こういうものが顕著に出るときは、自らの腕に応えうる者との戦闘や、群れる人間や己の秩序を侵されることに起因する。

しかし数少ない例外として、が絡む時は殊にその表情は豊かになる。あらゆる意味で。

「そう挑発的に微笑まれるとこちらも楽しくなってしまうわね、恭弥」
「やあ」

涼やかな女の声が、まるでこちらも猫の様にするりと耳朶を撫でる。
皮肉気な物言いも、彼女の口から発されたと思えば何故か納得してしまう。そういう雰囲気をは持っていた。
相も変らぬ異様な威圧感を纏うをリーゼントの男はぎょっとしたように見、いそいそと彼女の通る場所を開けた。

「哲、これを」
「は、はい!」

雲雀よりもさらに小柄なセーラー服姿のは、手にしていた手提げの紙袋をリーゼントの男に預けた。
ここに着くまでに商店街の人たちから好意で貰ったものである。

「委員長、理事長。では、失礼します」

恭しく両手に紙袋を持ち、男が退出する。
それを最後まで見届けることなく、は勝手知ったようにソファに腰掛けた。
雲雀も続いて向かいに座る。
両人従妹同士ということもあり、向かい合う容姿はやはり少し似ている。

「――会えてよかった。連絡も取らず直接来て悪かったわね」
「まあね。で、嫌がらせの件で来たんだろう」
「恭弥にとってはいやがらせなの・・?まあそうね、被害の多くが風紀委員だもの。犯人が恭弥と接触したか確認に」
「・・悪いけど僕はまだ犯人も知らないし接触もしてない。そうならすでに咬み殺してるしね」

自らのテリトリーを侵された猛獣はの思っていた通りご立腹だ。
しかも様子を見る限り、事が進展しない事に更なる苛立ちを抱いているに違いない。
それはも同じで、彼女の場合数時間前に自らが通話を交わした男から「手を出すな」という無慈悲な警告を受けたせいである。

「――そっちはどうやら手詰まりってところかな」
「あら、そう見える?」
「見えなくても分かる」
「・・・・そう。それはなんだか安心するわね」
「僕はイラつくけどね。君は一応僕の可愛い従姉だから」
「付き合いが長いというのもいいのか悪いのか複雑」

常の雲雀からは想像も出来ないようなセリフだが、彼は案外自分が許した者には甘い。
とは言いつつも、気まぐれな雲雀は年齢性別は関係なく「戦闘力」と「性格」から人を判断する節があるのでその基準を把握する者は極少である。

彼はが多くの人間の伝手を持っていることは知っているが、その人間関係は知らない。
寧ろ彼女がそういう人間を利用する側としてだけ認識し、その他の人間には一切興味を持っていないだけである。
従姉と言う血縁関係と幼馴染と言う関係を除いても、雲雀にとっては『大事な獲物』というある種の独占欲がある。
彼女が憂う原因が自分でないことに不満を感じるのも自然と言える。

「手詰まり・・まあ「手は出すなって」ことはそうね。だから口を出しに来たの」
「・・へぇ」

嫣然と微笑み、はアッサリと人の揚げ足を取った。
雲雀も興味を示したのか、足を組み換え聞く姿勢に入る。

「さっきリボーンに会ってきたわ」
「赤ん坊に?」
「ん、情報収集ついでに脅しにね『うちの生徒死んだら貴様ら殺す』って」
「・・・なるほどね」

罪悪など無いすました顔で先刻の会話のもっとも物騒で重要な部分を引用したことで、雲雀も大まかな内容を把握したようだ。
もちろん脅したのはであることも。

「赤ん坊はこの事件を承認しているんだね」
「うーん・・そうでもないわ。全てを知っているなら私に情報提供を求めたりはしない。つまり彼らは事件の解決担当ってとこかしら。悪く言えば丸投げ」
「君は黒幕を知っていながらなお黙認・・・いや、足止めをくっているってところか」
「話が早くて助かるわ。是非とも恭弥には事件解決に尽力してもらいたいの」

気だるげにソファーに寄りかかる姿は、頼みごとをしているような態度ではない。
それでも雲雀は気にせずの思考を読み取ろうと目を細めた。
長年の付き合いでも彼女の思考回路を把握することは難しい。
稀にたった一言でどんな意味が含まれているかも定かではないのだ。
本来好かない性格だが、という人間が雲雀恭弥の敵に立つことはまずないと知っているからこそ、雲雀はの言葉を真と取る事が出来るのである。

「本来であれば君は直接手を下す側に立つだろう。僕にまでわざわざ顔を出すってことはそれだけ危険か重要って事と取っていいのかい?」
「そうよ。コレでも心配しているの」
「ワオ、ソレでも罪悪感はあるんだね」

喉で笑いながら雲雀はおどけた調子のに微笑んだ。
不思議な雰囲気の従姉弟達がお互いの意図を読み取りゆったりと微笑むこの絵は、気の小さな沢田綱吉あたりが見たら背筋を凍らせていたに違いない。

「じゃあ、私ができる警告も済んだし帰るわ」
「ああ、気を付けて。僕の予想だと君も標的の可能性があるからね」
「恭弥の従姉、並中理事長、喧嘩っ早さ、動機なんて出したらキリがないのが難点ね」
「だろうね」

考えうる犯行動機の多さに悩むのはお互い様らしい。

腰を上げ、あっさりと踵を返して颯爽と歩き去っていくを雲雀は止めることなく見送ったのだった。
苦笑を零し去っていくの後ろ姿が見えなくなってから、雲雀は扉横に待機していた部下を呼んだ。


「草壁」
「はい委員長」
「アレは?」
「こちらです。先程の紙袋に菓子折りと一緒に入っていました」

雲雀は草壁が抱えている菓子箱が有名な高級菓子であるのも目もくれずに、部下が差し出したメモを見て静かに口角を上げた。

【黒曜中 男子 マフィア ロクドウ】

小さなメモをその場で握りつぶし、雲雀はすぐさま部下へと指示を出す。
が言っていた「私ができる警告」がコレである事を理解し笑みを浮かべた。

「今すぐ黒曜中にいる男子生徒に【ロクドウ】って奴がいないか調べて」
「はっ!」




(―――、オメーどこまで知ってやがる)
(問題は私がどこまで知っているかじゃない。いつまで事を放置するかでしょ)
(・・・・・)
(回答が欲しければ、君は生徒(沢田綱吉)を導きなさい。でなければ私が自ら手を下すしかないわ)
(・・オメーが知っている事を話すつもりはねーって事か)
(ええ、そうね。でもそちらがアクションを起こさない場合、確実な事実だけは存在する)
(―――ほう?)
(つまりうちの生徒にもしもの事があれば貴様ら殺すって事)

事件の解明に乗り出すまでの道のりが長い!
なんか、すいません・・・・orz
あの従姉弟の間に殺伐した雰囲気しかないのも・・・なんかなあ・・・・
でも、きっとアレが標準仕様・・よりもちょいシリアルかな。当社比で(ォィ!)
嬢がヒロインなのに凶暴性全開ですいません。でもきっとコレはまだ中辛くらいです(゜-゜)
長い目で見ていただけると嬉しいです。はい。