La Regina sorride 【 女王は微笑う 】
夢霞T

―――久しい夢を見た。
また、この夢。
久しい遥か遠い過去の夢。

・・・夢だと分かっている。
「あの日」はこんなに綺麗な夜空ではなく、激しい雨だった。
なにより、「あの日」はこれほどまでに静かではなかった。
地面から感じる、逃げ惑う者と追う者の足音があった。
叫び声、呻き声、恐怖という叫びがその場を満たしていた。

まさしく地獄絵図、だった。

この夢はその日と比べればかなり綺麗さっぱりとしていた。
・・・あくまで、あの地獄と比べればだ。

真っ白でまっさらな土の上に鮮血がじわりじわりと円を広げる。
その中央に倒れこむ自分。
天上はそんな己を皮肉るような満天の星空。
まるで天国と地獄。

鮮血は徐々に輪を広げ、挙句の果てには白い地面を全て鮮やかな赤が埋め尽くしてしまった。
血潮の煙る空気を吸い込む。
吸い込もうとして喉がつっかえた。

――けふッ・・・ごふっ、ぐぷ・・・

見上げる先には星々輝く満天の夜空。
しかしそんなものに感動出来る状態で無い事は自分でよく分かってる。
口の端からごぷりとこぼれる液体が己の血だとも。

夢の中ならば、この息苦しさは幻覚だ。
だというのに じわりじわりと己の心を侵食するこの感情は抑えようが無い。

この、燃え尽きぬ様な激しい怒りを。
地獄の業火さえも、この身をこの心を灰には出来なかった。
夢の中さえもこの怒りは消えようがない。


―――ああ、“また”死ぬ。
―――わたしが世界から消える。

―――消えるきえるキエル・・・・。


・・・・・・・・。
・・・―――。


「う、あ・・・」

いやっ、


嫌だ。

「ああ・・・・!あ」

消えるか、
消えるものかっ!!

「―――っあああああ!!」


例えこの心が己が欲に満たされ、漆黒に血の色に染まろうと、
その四肢がもがれ、この身が引き裂かれようとも、
わたしは、此処にいる。

此処にいるんだっ。

誰が認めまいと、わたしは確かに存在してるっ。

わたしは確かに、此処に有る!!
ここに、有るんだっ!

「ぅあ゛あ゛あ゛あああああっ!!」

「・・・・・・ああ、・・ああ」

―――なんという激情。なんという愚かなまでに純粋な闇。
―――なんて純粋で、美しい。

ただ一人、六道骸は少女の叫びを聞いた。

むせ返るような血の海の中で、彼女の魂は、生への執着は人間の本能を其の侭剥き出しにしたある種の純粋さに満ちていた。


骸自身が持つどろりとした恨みや憎しみとは、とても近いようでいて違う。
まるで針の筵(むしろ)のような攻撃的な激しさ。
その魂は触れれば牙を向いて来るかも知れない、野性的な獣のよう。

赤に染まったまっさらな大地の真ん中で、己の髪を散らし血溜まりにその身を沈める娘。
血に濡れる唇からさらに溢れる赤黒い血と激しい慟哭。

その身体はすでに屍と称しても良いほどの有様だというのに、
自らが「死んでいる事」さえ自覚しているくせに、

彼女は尚「生きたい」と言う。


「きみは、だれですか?」

―――触れたい。

彼女に触れて、知りたい。

君は誰?何者?
その激しい感情は誰へ向けているの?
夢の中にいるなら今も生きている?なら、今は何処に?

好奇心が湧き起こる。
夢という、この世界の創造主たる彼女と自分の二人きり。
骸が歩み寄れば、簡単に彼女との距離は縮まる。

一歩、二歩、

夢の中だからだろう。
物理的には数十メートルも離れているのに、ほんの少し足を進めただけであっという間に彼女が目の前に。
人の夢の中に入るのは初めてでは無い骸は、そんな非現実に驚きはしなかった。
むしろ己の思考や欲が反映されるここで、あっという間に距離を詰めてしまった自分の彼女への好奇心に驚いた。

其の侭彼女の顔をのぞきこんだ。

「ああ、やっぱりだ」
「っ・・!?」

血の気を失った顔色に炎の情を宿らせる双眸。
彼女の爛々と燃え尽きぬ瞳に目を奪われた。

自分よりも年下だろう彼女は、幼い顔立ちからは想像も出来ない強い意思を宿している。
生きる事への強い執着と何かに向かって叫ぶほどの激しい怒り。

そして彼女の強い情は視界に骸を移したと同時に鎮まった。
その瞳は、あるはずのない来訪者への純粋な驚愕を映した。
先程まで感情に任せて慟哭していた影さえも消えて。

それを少し、少しだけ骸は残念に思ったのだ―――。

『被害報告書』

ソファに体を鎮めながら、は気だるげな視線で数枚の書類を流し読む。
内容は要約すると、

『この数日間、並盛町で暴行事件が頻発していること』

『現在犯人は不明、目下捜索中。
被害が並盛中風紀委員を筆頭としていることから、彼らから被害を受けた復讐目的ではないかと推測される。
その他共通することは、被害者は病院送りになるほどの重傷を負わされ、必ず歯を抜かれていること。
最初は24本全て抜かれ、以後は23本、22本、と不自然な規則性があること』


「・・・これだけ?」
「そこにある内容が、現在の情報です」
「ふうん」

セーラー服に身を包んだ、黒髪の少女の眼光が鋭くなる。
並盛というこの町で地位を確立している彼女にとって、町を蹂躙されることは殊に嫌うものである。
それと同じくこの町を愛している従弟も怒りを募らせているに違いない。

自らを並盛の秩序と謳う彼は、今も犯人捜索に残りの風紀委員をフルに駆りだしているのだろう。
常より鋭い漆黒の目を更に吊り上げている様を思い浮かべて苦笑した。

彼はよりも激情家だ。
傍で見て来た分、彼の強い感情にあてられ自分はいくらか感情が隠せるようになってしまったが。

「犯行時間や犯行現場から推測すると、犯人は2名以上と思われます」
「警察は?」
「現状をいまいち把握しきれていないと言ったところですね。上層部は学生同士の喧嘩だろうと」
「・・現場で咬み殺されればいいのに頭でっかち。どうせ、恭弥に関わりたくないんでしょう?」
「口には出しませんが」

いつものごとく書類をテーブルに放り投げ、は遠くを見るように思考する。
傍らの赤毛の男は、彼女がこうしてぼんやりとしている(様に見える)様を憂いの目で見ていた。
こうして黙っていれば深窓の令嬢然としているのにと。
幼い頃からの彼女を知っているだけに、歳を重ねるにつれて麗しい女性としての魅力が増して行くのを見ているとこちらがハラハラしてくる。
歳の差は兄妹と言っていい。
しかし主従という関係に置いて、まるで年頃の娘を持つ父親の様な心境をコウは抱いてしまっているのである。
家の子に変な虫がついてはいけないと。

「―――歯、か。コウ」
「はい」
「被害者はなぜ歯を抜かれたの?」
「不明です。犯人が何故抜歯を選んだのかも。しかし規則性を見る限り、今後襲われるであろう者の数と被害が並中生に集中していることはほぼ確定でしょう」

抜かれる歯の数は24本から徐々に減り明らかにカウントしている。
犯人が見つからない限り、最終的に被害者数は少なくても24名以上。
容疑者は2名以上で恐らく腕利き。
しかも風紀委員を除いた者の中には、関連性が不明な普通の学生も含まれている。

雲雀恭弥率いる風紀委員への恨みとしては、この無差別さは不自然だ。

犯人の趣旨が掴みにくい。
私怨であるならば、残忍な面を見せる分、相当の恨みを抱いている可能性がある。

では一体誰への恨みだとでもいうのか。

「カウントダウン・・・・コウ。沢田綱吉くんの傍に男の子がいたわよね。マフラー巻いてる」
「・・は?」
「あの子、以前わたしをランキングするとか言って変な力を使っていたけれど」
「ああ、あの少年。・・まさか、彼が今回の?」
「あの子の身体能力では実行犯ではないはず。でも捜して。彼には聞きたいことがある」
「了解しました。姫」

是と答えたコウは退室への一礼をし、すぐさま調査に取りかかった。
視界の隅でそれを見届けたは携帯を取り出し、自身の記憶からある一つの番号を淀みなく押す。


lulululu lulul...

受話部分に耳を押しあてて、その相手はツーコールもしないうちに出た。

『どうかs、』
「何が起きてるか説明して」

通話相手に二の句どころか第一声も上げることを許さず、は主語さえなく鋭く問うた。

『・・君が何について怒っているのか分からないよ。もう少し詳しく説明してくれないかい?』
「――嘘吐きは嫌いよ」

穏やかな声音で応答する通話相手に、容赦なくセーラー服の少女は切りこむ。
それに男の声は小さく息を吐き、まるで苦笑しているよう。

『はは・・即答か』
「わたしの町の状況が貴方の耳にまで届いていないなんて言わせないわ。並盛の連続暴行事件よ」
『ああ、その事だろうと思っていたよ。君が腹を立てることに関してもね』

十代の娘の大仰な態度にも相手の穏やかな声はそのままだ。
しかし関係があるとみて自ら直通電話を掛けてくるとは思いもせず、男はむしろその行動の速さに感心していた。

『そうだろうね・・・。その件に関してはたしかに裏(こちら側)の人間が関与しているだろう。君には申し訳ないと・・』

「――そう、それだけ分かれば粗方の全容が見えたわ。じゃあね」

『えっ!?ちょ、ちょっと待ってくれ!』

聞くだけ聞いてさっさと通話を打ち切ろうとしたを男は慌てて止めに入った。
あまりにも急いで止めようとするので、は仕方なさそうに口をへの字に曲げて「なに」とぶっきら棒に返す。

男からしてみれば、むしろこちらの方が「何故」と問いたい。
電話に出て三分も経っていないというのに。

『分かったって・・お譲さん、君は一体何を・・・』
「考えれば分かることだわ。【裏の人間】が【並盛】で【不自然な痕跡を残して】事件を起こしてる」
『・・・そうだったね。君はこの上なく頭が切れる。ならば分かるだろう犯人の目的も』

「十代目候補の沢田綱吉。もっとも、広義で考えるとすれば貴方かもね、現ボンゴレ九代目(ノーノ)」

『はぁ・・恐れ入るよ』
「おかげで犯人特定は難航しそうよ。マフィアは業が深い。容疑者は絞られるどころが増えたけど、だからこそこれだけは確実よ。犯人は容赦なく、わたしの手で咬み殺す!

まだ十代の少女が年配の大人を唸らせる頭脳と行動力。
常に気だるげな印象を与えながらも、その中では多くの思考で錯綜している。
なにより垣間見せる研ぎ澄まされた刃の様な闘争心は、まさか堅気の人間と誰が思うだろうか。

数年前、目の前に現れた幼い少女がまさかこれほどの才能を開花させるとは、巨大マフィアのドンも予想以上であった。

『――それで、君は事の真相解決へと乗り出すわけだね』
「当然よ」
『君一人で?』
「・・場合によるわ」

『懸命だね。好戦的でありながら実に冷静だ―――しかしそれは私の意向に反する

「っ?・・どういう・・・っまさか!?」

は思わずソファに預けていた体を起こし、男の否という答えに嫌悪を覚えた。
自分の今後の行動に制限を掛けられたからだけではない。
この事件の犯人の目的とその意図を見通してしまっただからこその、「まさか」の考えが頭をよぎったのだ。

『この件に関して、君には手を出して欲しくないということだよ』
「・・・・この、狸がっ・・。出せる手を、いえ、出すべき手を出すなと!?」
『・・・本当に君は頭の回転が速い。察しの通りあの子への試練にするつもりだ。次期十代目へのね』

「――ていよく他人の復讐心を利用するわけね・・」

唸るような声では頭に血が上っていることを自覚した。

始めからおかしかったのだ。
町で起きている事件は今や隣町にまで噂を広げている程だというのに、ボンゴレからの催促の連絡はなし。

カウントダウンという計画的にしては抜歯という未成年にとって拷問じみた所業。
私怨にしては被害者のコレといった共通項は不明。
そんな凄惨さを見せる事件であるはずなのに、警察上層は「喧嘩」の一点張り。

怪しいと電話を掛けてみれば明らかなマフィア(裏)関係。
しかもその頂点に君臨する男は、この件に関わるなという。


「偽装した事件であるなら無関係な未成年を「ああ」は出来ない。誰かが本気の復讐心で行動を起こしているとしか考えられない」
『・・おそらく君は、私以上に私たちの考えを見抜いているのだろうね』

「貴方の目の届く中でこれだけ暴れさせておきながら・・・その者を利用し、跡継ぎの為にと大義名分を立て。――ついでにわたしの技量も勝手に計って一石三鳥?いい度胸じゃない」

『私を怨んでくれていい。だが、あの子を次期十代目として選んだ以上、その過酷さも知らねばならない』

「だからわたしは貴方が嫌い」
『そう歯に衣着せない、君の素直なところが私は好ましいと思っているよ』

そして、それが羨ましいともね。聡いがそれ以上に優しい子だ。
言動は誤解を招きやすいが、これ以上の被害を出すまいと今も思考を巡らせているのだろう。
そう言えば彼女は嫌悪してこのまま通話を切ってしまうだろうと、男は口に出さないが。


「沢田綱吉などどうでもいいわ。勝手にマフィアにでもなればいい」

・・・まあ、確かに自由奔放で何を考えているか分からない事も多々あるが。

「この町に手を広げられた以上わたしも黙っていられない。特に『何もしなかったという事』をした貴方は」
『・・・、・・そう言うと思っていたよ』


受話器越しからもの朗々とした、淀みない声が耳朶を震わせる。
数年前、小さな子供を一目見たときから思っていた。
恐らく彼女は人の上に立つべき人間だと。

「――わたしからの要求はただ一つよ」

は淀みなくそれを発した。
それを聞いたボンゴレ九代目は、ただただ突拍子もない彼女の言動に驚愕したのだった。

チート疑惑の嬢を天才だと思ってくださる心の広い皆さまこんにちは。
日常編もそこそこに黒曜編突入する無謀な場所にようこそ。
冒頭マジ暗くてすいません。
嬢は一度凄惨な死に方をしている上に、それをコンプレックスにしている傾向がありますので・・・
この後もたびたび血の表現が出てくると思います。
責任は取りかねますので、どうぞお気をつけください。