仕事も人心地ついた夜更け。
葬儀屋は目の前の光景を茫然と見やった。
長い伸びっぱなしの前髪に隠れた瞳をパシパシと瞬かせる。
自分の住処に存在しないはずの物体を視界に収めながら、その答えを知っている・・というかその物体を持ち寄ったであろう本人に直接聞いてみることにした。
「これは・・・・・なんだい?」
「見ての通りだが」
辛辣に切り返された。
葬儀屋は再び物体を物珍しいものでも見るようにマジマジと見やった。
目の前に広げられたティーセット一式。
まずそんなこ洒落たものなんてあったのか。
真っ白なクロスの上に据えられたストロベリージャム、マーマレード、スコーン。
おまけに淹れたてを示すように白い湯気を立てる琥珀色の液体。
「よし!」
セッティングした彼女は満足げに微笑んで、こいこいとこちらに手まねきした。
ふらふらと近寄り、向かい合わせに腰掛ける。
ちなみに腰掛けるところは棺桶しかない。
心もとない蝋燭の薄明かりの中、軽食を中心に向かい合う隻眼の美しい娘と神父服をゆったりと纏う髪で顔を上半分隠した男。
傍から見ればかなりシュールな絵だ。
「・・・もしかして、夜食かい?」
「夜食にしては遅すぎるなもうすぐ日が昇るし。かといって朝食にも早すぎるから。間を取って間食でいいだろう」
「そのまんまだねえ」
「・・なんだ食べんのか?」
しかも娘の方は口を開けば老成した上大仰な態度ときた。
マイペースな相方に葬儀屋は肩を落とす。
でも可愛いから許す。アホだ。
そう、仕事がようやく片付いた今は夜更けと言うか、もうすぐ朝だ。
視線の先にある小窓の外は徐々に白み始めている。
「仕事中いつの間にか居なくなってるから寝たものと思ってたからねぇ」
「昼から何も口にしてないから。お腹も空いたし、あなたも食べると・・・」
疲れたろう。
寝るなら片付けよう。
小首を傾げ、は心なしかしょんぼりと落ち込んだ雰囲気だ。
そんないじらしい態度に葬儀屋は、
「か、」
「?」
「可愛いなあー!もう!!」
「あぶ!?」
悶えた。
「ああ?・・もう、ー君ってばもうっ!!」
「・・・ちょっ!?・・んん?!!」
「?!」
「やっ・・あ、ちょっ・どこ触ってる!?」
の頭に頬をすりつけ、ぐりぐりぐりぐり。
長い爪で傷つけない様気をつけながらも頬や後頭部の髪を掻きわけ、べたべたべたべた。
それでも足りず空いた手で腰や尻をなでなでなでなで。
「あ、あなた!・・や、やめっ・・」
「んん?・・もう少し・・・」
「だ、・・だか らっ・・・い」
へのセクハラもここまで来ると怒る気も、
「いい加減にせんかあっ!!!」
「ぐぼふっ!?」
さらに悪化した。
抉り込むような強烈な一撃を鳩尾に喰らい、しばし葬儀屋は先ほどとは180度別の意味で悶えた。
うずくまる男の前に仁王立ちした娘が怒りと羞恥で真っ赤に染まった顔のまま体を震わせる。
もう一度言うが、ここは蝋燭の火しか光源のない薄暗い空間である。
体をうずめる男とその前で仁王立ちする女の絵はかなりの恐怖を煽る。
「・・・・・・・・・ごめんナサイ。調子乗りすぎマシタ」
「・・うん・・・私も殴ってごめん」
足を踏むくらいでよかったと、ぼそりとつぶやいたの声を葬儀屋はあえて無視。
話を強引に切り替えることを優先しようと葬儀屋は再び棺桶に腰掛けた。
「ヒッヒまあ、がせっかく用意してくれたんだ。お腹も空いていたし、軽く食べてから睡眠を取ることにしようか?」
「うん!」
頬を綻ばせて用意を始めるを見守りつつ、葬儀屋は菓子瓶代わりの骨壷を引き寄せた。
カポンと蓋を開けるも、中身を見て彼はおやと首を傾げた。
「あれ、クッキーは?」
「ない」
「・・・あれ?」
「仕事の合間にあなたが全て平らげたろう。砂糖とバターも切らしてる」
目の前にスコーンまで用意しているというのに。
この男はどれだけクッキーが好きなんだ。
呆れる事は多々あれど、この筋金入りの甘党は治りそうもない。
それでも時間と比例して、目に見えて落ち込んでゆく大の男を見るとこっちが呆れる。
しかも物欲しそうにこっちをじいーっと見てくるのだ。
じいぃぃーっと。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・そっか」
「・・・・・・・・昼、買いに行こう」
「小生ケーキ食べたい」
「・・・・」
そして結局自分が折れるのである。
先程の自分よりもどんよりと沈んだ男をはそれはそれは憐れんだ目で見る。
ダメ出しに買い物の旨を言えば切り返しの早い返答に、最早乾いた笑みしか浮かべられない。
(あなた、暫く糖分控えようか)
(があーんってしてくれたら考える)