星 姫
ロンドンからやって来た変人

汽車で都市(ロンドン)から離れて早数時間。

硬い客室の椅子にもうんざりした旅路は、ここでようやく区切りがついた。
郊外のど田舎に態々仕事をしにきたというのに、行きがこれでは帰りが思いやられる。
仕事道具一式を詰め込んだトランクを手にしながら、男は疲労のこもった溜め息を盛大に吐き出す。

嬉しくないことに追い撃ちをかけるように、真後ろから先ほど乗っていた汽車の耳障りでけたたましい汽笛を間近で聞く羽目になった。
う、耳が痛い・・・。


「あの・・・」

「・・うん?」

耳障りな汽笛の音が不快な余韻を残しているのを感じていた時だった。
今度は少し離れた横から人間の声がした。
首をそちらに傾げると、自分を怪訝な表情で伺う青年・・・と言うにはやや歳のいった男性がベンチから腰をあげて遠慮気味に尋ねてきた。

「もし、かして・・貴方が葬儀屋さん・・でしょうか??」


若しかしなくても、その通り。
自分は葬儀屋である。
愛想良く(それが相手にとって好意的かどうかはまた別だが)口に笑みを浮かべて首肯する。
ニタリとした葬儀屋の笑みに男は頬を引き攣らせたが。

「そ、そうでしたか!グロッソさんが、葬儀屋さんは風変わりな格好をされているからすぐに分かると」
「ヒッヒ!・・・確かにねえ」

否定はしないよと。
怪しい笑い声に、葬儀屋を僻地まで呼び出したグロッソの使いの男はますます口許を引き攣らせた。

彼の心の声を代弁するならば「押し付けられた」若しくは「葬儀屋は風変わりでなく、『変』だ!!」であろう。

「ヒッヒッヒ。さあて、お客さんの所に案内して貰おうかねえ」
「う、は、はい・・・」

声に出さずとも表情にありありと心境を見せてくれる男を見て、葬儀屋はそれが愉快だとでも言う様に、ますますその笑みを深めた。


「・・では、馬車までご案内いたします」
「・・・・・一応聞くけど、目的地まであと何分?」
「あ、えっと、・・3時間くらい、デス」


今度は葬儀屋の口元が引き攣った。

数年ぶりに見るグロッソは見るからに憔悴していた。

ロンドンにいた頃彼の友人の葬儀を受け持ったことが切っ掛けで、その時の葬儀屋の腕を覚えていたのだろう。
今回彼の妹の葬儀を頼まれたのだ。

「お久しぶりです。ロンドンから態々ありがとうございました。私を憶えておいででしたか」
「ーーーまぁね」

正直に言うとグロッソをと言うよりは、自分が手掛けたグロッソの友人を憶えていただけである。
原型を留めず水死体になった友人は、“綺麗に”する時に生前の写真などを参考にするから顔や特徴は記憶に残りやすかった。
言ってしまえばグロッソは偶々である。

「それで・・妹は、フロアは・・・?」
「勿論。小生がちゃあんと綺麗にしてあげたよお。ほら、写真は返すよ」
「ああ、ありがとうございます。本当に、ありがとう」

黒く染められた長い爪の手から、生前の中年女性が写る写真を受け取り深々と頭を下げる。

片田舎で野犬に襲われたというグロッソの妹は、遺体の損傷が激しく処置には梃子摺ったものの葬儀を行えるくらいには綺麗になった。
今は氷に囲まれた薄暗い部屋で棺桶に納められている。
翌日には身内だけのささやかな葬式を行うそうだ。
葬儀屋本人も参列はしないものの、遺体の細かな処置や多少の手伝いは行う予定だ。
飽く迄裏方である事は変わらない。

身なりも言動も怪しい男であるものの、その腕は一流だ。

遺体に触れる常人が拒むような職である分、彼のような腕の良い者はたとえ変わり者であろうと重宝される。
名さえも定かではない通称「葬儀屋」が、持参したクッキー(何故か骨型)を頬張りながら話を切り出す。

「で、なーんか雰囲気が物々しいんだけどお?何かあるのかい?」
「・・いえ、特には。そう感じられるなら妹が野犬に襲われたせいで、村の者達もピリピリとしているからでしょう」

「ふうん」
「貴方もお気を付け下さい。特に、『帰らずの森』にだけは近づかないよう」

ボリボリとクッキーを頬に詰め込んでいた(傍から見れば行儀の悪い光景である)葬儀屋は、何ともベタな名前の森に興味を示した。

「帰らずかあ。面白い名前の森だねえ」
「まあ、あそこは危険な生き物の巣窟ですから。この村の衣食が流通で賄われる前は、森で食糧調達せざるを得ませんでした。その所為で動物に襲われて死んで行く者も多かったと聞きます」

「なあんだ。小生はてっきり、怖〜い魔物でも住んでるのかと思ったよ」


軽い調子で呟かれた言の葉に、何故か一瞬で静まり返る室内。
長い伸びっぱなしの前髪で目元までは伺えないが、怪しく弧を描く口元は何か得たりと怪しい笑い声を上げた。
だが怪しさを抱かせたグロッソ本人は、ポカンと口を開けたまま惚け、フルフルと肩を震わせた。

「・・ふふふっ」

「ヒッヒッヒ」

さも可笑しなことだと言う様に。
一頻り笑うとグロッソは葬儀屋と改めて向き合った。
まるで嘲笑するかの様に口角を片方吊り上げて。

「こちらまでの道程で何を耳にしたのかは存じませんがね。『帰らずの森』なんて言うのは村民を森から遠ざける為ですよ。危険な動物がいるのは確かなのですから」

突き放す様に言う。
妹を亡くした初老の男には青筋が浮かんでいる。
こんな時に不謹慎だという怒りからか、野犬に襲われたという妹の死の要因がそこにあるからかは定かではない。
しかし葬儀屋の人を食った態度は憎らしいくらいに変わらない。

「ヒッヒ。気分を害したのならごめんねえ。でも小生も無事に帰りたいしさ、妹さんみたいに野犬に襲われたくないものね。あ、コレも別に悪気はないから」

・・この男は人の神経を逆撫でる天才だろうか。
それでも努めて冷静に対応するグロッソに、拍手を送りたい。
ここに他に人がいればの話だが。

「・・・・そうですね。ですが、森にさえ近付かなければよい事です」
「おや、そうなのかい。うーん・・・じゃあ日も沈みそうだから、小生もそろそろ宿で休むよ。動物は夜目が利くからねえ」

「・・でしたら、我が家にお泊りになっては?」
「うん?」
「いや、明日も早いですし。貴方には明日も手伝って頂くわけですから、いっそ家にいた方がよいかと・・・」

「ああ。いーのいーの。小生生きてる人間の側で寝るの苦手だから」

「・・・・・はぁ?」
「ほら、小生葬儀屋さんだから」

生きてる人間の気配に敏感なのか嫌なのかまでは言わないものの、グロッソさえも牽いた。
色んな意味で。

そんな相手の引き攣った顔を面白そうに眺めるというドSな葬儀屋はあっさりと腰を上げて扉へと向かう。

「ヒッヒッじゃあねーまた明日〜」
「・・・・・・・」

ゆったりと着こなした神父服の裾を揺らして行く。
ドアのぶに手を掛け開け広げると、「あ」と思い出した様にゆうらりと振り返った。

三日月の様な怪しさを口元にも雰囲気にも纏わせ、グロッソの不安を一気に煽る。

「−−−そうそう忘れられないうちに言っておかないとねぇ」
「はい・・?」
「小生はさあこの道のプロってやつなんだよ。だから写真は飽く迄参考に借りるだけで、ある程度には綺麗にでるんだよ。骨格とかさあ人それぞれだから」
「・・・」

「でも『お客さんの生きていた時』を知る人が見た時の印象とか特徴とかは小生が知るわけないから写真を借りるんだよ。−−−まあ何が言いたいのかって言うと、元の顔が分からないくらい君の妹さんは悲惨な状態だったワケだけど、アレ本当に君の妹かい?

「・・・もういい。今日は、もう、帰って下さい・・」

グロッソの顔色はもう真っ青を通り越して真っ白だ。
それでも葬儀屋は無情にも妹を亡くしたばかりの老体を労わる事なく別れの挨拶を残して屋敷を後にした。