―――はじめまして。
あたし公子って言います。
ちょっとした旧家のお嬢様ってことで苗字までは明かせないけど、まーそこは察してよね。
数日前にちょっとやんちゃしてアブナイ転生郷って薬に手を出してたんだけど、ある人の手助けもあって今はこうして話しできるくらいに回復してるわけ。
そのある人ってのが、なんでも超天才な薬師らしいんだけど・・・どうしてかあたし所々記憶が飛んでんのよね。
リハビリでいろいろ調合した薬飲んでてあまりの不味さにぶっ倒れた気はするんだけど、目が覚めた後にあいつ・・・あの人に「何アレ?!薬?ガソリンの間違いじゃない!?」とかいろいろ文句言ってたら首に衝撃受けてブラックアウト。
・・・・・・聞かないで頂戴。あたしもいろいろ感づいてるから。
父親も日々元気になるあたしには好意的の様だから、あの人との定期的なリハビリにも何も言わないし・・・はぁ。
【ティンティロリン♪ メールだ、受け取れ】
【差出人:薬師の魔女王】
・・・・・・あたしの大好きなアイドルGOEMONの声が悪魔のメールを受信した模様。
【拝啓 公子ちゃん】
お体の調子はいかがでしょうか。(*^^)v
お節介の銀パやヅラを介して、あたしが公ちゃんを治療し始めてから今まであっという間ですね。
あの日から大分経ちますが、貴女のガングロ肌のお蔭でその顔色が良いのか悪いのかいまだよく分かりません(笑)
チャーシューは炙るのが最適かと思いますが、自分を痛めつけるのは良くないとあたしは思います(;^^ゞ
所で、あたしの甲斐甲斐しいリハビリもそろそろ最終形態へと入るころです。
危ないことに手を出したがるお年頃の公ちゃんの為に、イロイロしてきました。いろいろ。
薬へのふかーい知識とトラウマは植えつけさせていただきましたので、そろそろ最終テストなんぞを実施しようかなと思います!(*^_^*)
及第点取れなかったら・・・分かってるよね!ヽ(^o^)丿
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしタイムマシンがあったら過去のあたしをぶん殴りに行ってるわ。
なんつーハイリスク冒してんだ!?って、さ・・・・あはははは! ・・はは・・(;_;)/~
真撰組の医務室で甘納豆をもそもそ食べながら、携帯電話をカシカシ。
BGMは遠くから聞こえてくるドカンという砲撃音・・・・・いやいやいや、んなばかな。
あれは、・・そう、あれだ!着メロだ、きっと。うん、きっとそうに違いない。
「んーっ・・・『次は明後日の 午前十時半に来て下さい』」
屯所は基本的にどこでも騒がしいけど、静かになる時間帯も(一応)ある。
それが隊士が一堂に集り広間で行われる定例総合会議。(たまに臨時も)
ここからそれなりに距離があるし、見張り番以外は皆そっちにいるから日中はこの時間帯が一番静か。
例え向こうで騒動起こっても、爆発してもこっちは蚊帳の外。異界と外界。
ああ、ひと時の平和だ・・・ええ、ホント一瞬で過ぎ去るくらいの・・・。
「『間違っても 夜に来たら、プチ殺します☆』っと、・・送信!」
「なんつー物騒なんだか分からねえメール打ってんでィ・・・」
「ふぉ!?・・そ、総悟?」
おおい!何勝手に人の携帯覗き込んでるんだこの人!
甘いマスクのドS王子が呆れたようにあたしを見下ろしている。
つか、この人なんで焦げてんの?
頭から足までなんか所々焦げてプスプスいてるんですけど。この人爆撃でも受けたの?
「そもそも何でィ。プチ殺す☆って・・・可愛いつもりかしらねーが、自分のキャラとよく相談することをお勧めするぜ」
「まるであたしが痛い系みたいに言うのやめて。分かる人にはコレが生死を左右するほどの絶対的な脅迫になるんだから!」
「オイ、俺(警察)の目ェ見て脅迫とか言ってんじゃねーよ。どこまで本気か分かんねーだろうが」
「あれ、伝わらなかったか?おかしーな」
「キャラ見誤って紛らわしいことしやがるテメーが悪い。おら、ケータイ見せろ。の脅迫相手見定めてやる」
「見定める必要がどこにある。見せるわけねーだろ。あんたのどこにんな権限が?」
「オレ真撰組(警察)だしー。の上司だしー」
「あっさり国家権力翳した!言い回しもイラッと来る上、いい加減あんたのそのミディアムな焦げ加減を突っ込む気さえ失せるんですけどっ?!」
人の携帯見るなんてしょうもないことに権力チラつかせんじゃないよこの俺様!
これをパワハラと言わずなんという。
総悟は自分の焼け焦げた姿を見下ろしながら、面倒くさそうに焦げた上着を脱いでぽいと畳に放った。
何だよもう、そうやってあたしの目の前で煤を落とすのやめてくれないかな。
基本的にここは脱喧騒・脱禁煙の静粛で清潔な空間の看板掲げた神聖なる医務室だぞ。
あたしは清潔な手ぬぐいを総悟の顔面めがけて投げつけてやる。しかし残念ながら見事にキャッチ。
お願いだからそれで顔の煤を落としてください。
あたしの視界で堂々と洗濯したばかりのシーツに手を伸ばそうとするんだから。
あたしへの嫌がらせだよね、そのあざとさ。
「うわ、焦げくせ―。土方あのヤロー覚えてろ」
「・・・・ああ」
総悟の文句を聞いてすぐに何があったのか見当がついてしまった。
数分前に聞こえた爆音から察するに、会議で副長さんが総悟に向かって重火器使用したんだろうなぁ。
まあ、近藤さんも参加する会議であの人が無暗にそんなことをするはずもないから、多分総悟やその周囲の態度が悪かったんだろう。
もしくは珍しく皆の愛すべきゴリラもとい、近藤さんがキレたとか?・・・・ないな、ナイナイ。
はいちーず!ピロリン!
「っ!?」
「なに、知った様な悟った顔してんでィ、この間抜け面」
「なに、勝手に人の顔撮ってんだ、このサディスト面」
にやりと口角上げる総悟の片手には携帯。
こ、こいつ何似合わないシャッター音設定してんだ!!キャラ設定間違ってんのあんたでしょうがッ!!
・・え、そこ?とか言わない!
―――縁側で腰を下ろしながらぼんやり空を見上げる。
様々な天人の飛行艇が何隻も宙を進む。二十年前であれば考えられなかった光景だ。
とはいいつつも、あたしの場合物心つく頃にはこの空はあんな感じだったんだけど・・・。
・・・まっさらな、浮雲ばかりの青空ってどんなだろう――?
「―――と、浸ってみるものの、あたしの中にある不満は消えないわけでして・・・」
「勝手に何浸ってんだ。仕事しろ仕事」
「総悟が仕事したらあたしもやるかも。こう「えーあいつ何真面目にやってんのー?なんか自分もやんなきゃ的な?」みたいな?」
「みたいなじゃねーよ!やるんだよ!」
息を荒げる土方副長さん。
あたし達は何故か某所にある天人のお屋敷に来ています。
真撰組への依頼で要人の天人(ビジュアルまんまカエル)を護衛するらしい。
本来なら二・三個団体で事足りるだろう所を真撰組ほぼフル出動という豪華さ。
なにしろ護衛対象は幕府の官僚。しかも訳あり。
「転生郷不法所持疑惑。密売の裏取引と癒着疑惑。訳ありどころが泥沼の巣窟に足突っ込んでる気分なんです。現在進行形で」
「文句言ってじゃねーよ。やる気がねーなら帰れ」
「あ、いいの?じゃ、お疲れさまっしたー」
「っておい!本気にしてんじゃねー。何のためにお前連れて来たと思ってやがる!」
「ぐえっ!」
目くじら立てる副長さんに襟首つかまれ不満顔。
なんでこんな時に常勤の医者はいなかったんだ。あたしは薬師だって言ってんでしょうに!
なんで医療班のしかも班長に組み込まれた。勝手に班分けしたの副長さんだよね!?
「ったく、んな物言いたげな目で見るな。実質お前は医者の変わりだって務まんだろ」
「・・分かりますけどー。こう、体が心に忠実でして。なんで七面倒くせ―訳ありガエルの面倒見なきゃなんねーのかなぁ。嫌だなメンドイ。あいつオタマジャクシに退化しないかな。メンドイと」
「メンドイ二回言った!正直過ぎにも程があんだろ!!」
「正確には三回ね」
「揚げ足とるな!」
ヤサグレたあたしを見下ろしながら、副長さんは再び溜め息一つ。
貴方のフラストレーションはこうして溜まっていくんですね。・・・あ、つまりあたしの所為?
いや、そんなことは・・・だって向こうの縁側でふざけたアイマスクしてる人がきっとさらなるストレスを・・・・ん?
あ、あれ総悟だわ。
「・・・・何見て、っ総悟おおぉぉぉ!!」
「ぅぐう!?」
く、苦し!!
せめて襟首解放してから突撃しろよ!
何だってあたし引きずり回されちゃってんの!?
―――、
―――――――。
「医療班のは暇だろうがよ。総悟、テメーは警備しねーで惰眠貪ってんじゃねぇ。テロリスト乗りこんできたらどうするつもりだ?その面白アイマスクで応戦する気か?あ?」
腕を組み仁王立ちの副長さん。
総悟が昼寝に使用する愛用のアイマスクは今は彼の首に引っかかっている。
気の抜けた垂れ目が副長さんを挑発するために購入したものであることは隊士間では周知である。副長さん以外。
何故ならこのアイマスクに対しあらさまに苛立って言及するのが副長さんだけだからである。無知は不幸ですね。
「何処で売ってんの?そのアイマスク」
「100均ダ○ソー」
「ふぅん」
「本体(アイマスク)はな。目は別売り3000円」
「高っ!!」
「よーし分かった!テメーら仲良く雁首揃えとけ。即座に俺が介錯してやる!!」
ガンッ ガンッ ペシン・・
「「い゛!?」」
「ん?」
「仕事中に何遊んでんだァァ!?お前ら何か!修学旅行気分かコノヤローッ!!」
総悟と副長さんに落とされた拳骨と、あたしの頭をはたいた手の平の持ち主は近藤さんでした。
大声あげて偉そうに仁王立ちしているけど、近藤さんさり気に男女差別するところはフェミニンですね。褒め言葉です。
「なんでこいつだけ攻撃力低いんだ。こっち頭沈みかけたぞ」
「女子供に手荒なまねはしない!当然だろう」
「近藤さんっ・・・!」
「単にの防御力が高いだけだろィ。この中で一番HPたけーんじゃねーの?」
「・・・ああ。無駄にハイスペックだからな」
「ねえ、それ褒めてないよね。何納得してんだコノヤロー」
つか、あたしを貶すときだけ仲良いよねあんたら!
「貴様ら煩いわ!!ただでさえ気が立ってるというのに!!!」
ぎゃあぎゃあと警護も忘れて騒ぎ合っている中、またしても闖入者。
本件の重要人物兼護衛対象のカエル。
いやあ・・・本当に首から下マントで隠れてるけど、外見まんまカエルですね。
虫飛んでたらそのまま捕食するんだろうか。なんて、偉そうなカエルに内心で悪態をついてみる。
「全く!役立たずの猿どもめがっ」
不快感を隠しもせず、ガマ口をゆがませてカエルは踵を返してずかずか行ってしまった。
それまで緊張感のなかったあたし達の周りの空気が別の意味で張り詰めた。
あんな感じ悪くても護衛しないとこっちが叩かれるんだから、世の中不平等だなぁ。
「なんだィありゃ。こっちは命がけで身辺警護してやってるのに。これだから危機感のねぇ奴は」
「お前は寝てただろ」
「何かあったらあいつの手当てせにやならないのか・・塩余ってたかな」
「お前は傷口に何塗る気だ」
総悟と同レベルの愚痴をこぼしながら、副長さんは青筋立ててこっちを睨んできた。
大丈夫です!ばれない様にやります!(親指ぐっ)
意味ちげーだろーがっ!!
「総悟もちゃんもそうムキにになってくれるな」
「は?いや、ムキにはなってな・・・」
「俺たちは幕府に拾われた身だからな。恩義に報い忠義を尽くすは武士の本懐!真撰組の剣は幕府を護る為にある!」
「あの、あたし無視ですか」
「だって海賊とつるんでたかもしれん奴ですぜ。どうものれねーや、ねぇ土方さん?」
「俺はいつもノリノリだよ」
拳握って力説する近藤さんに無視されたあたしは、とうとう縁側で膝を抱えてすねてみたけど誰も相手にしてくれませんでした。
やる気満々の近藤さん。不満をこぼす総悟。
副長さんだけはノリノリなんて似合わない事言ってる割に、テンション低くて何を考えてるか読めないけど。
「アレみなせェ。皆やる気なくしちまって。山崎なんてミントンやってますぜ。ミントン」
総悟が指差す先にはキャンパスライフのような雑談楽しむ隊士の合間を縫って、一人ミントンラケットを無心で素振りする監察山崎くんの姿。
・・シャトル打ち返してくれない一人ミントンの寂しいこと。
「・・・・山崎ィィィ!!てめっ何やってんだコノヤロォォ!!」
―――ギャアアァァァ
―――隊士たちの士気がガタ下がりの原因は、先日起きた『宇宙海賊“春雨”一派と思わしき船の沈没』に禽夜というカエル天人が何がしかの関係があるからだ。
まあこいつが麻薬密輸の手引きにその海賊と関わってる噂は、真撰組隊士の他にも攘夷浪士たちの耳にも入っている程。
しかも幕府官僚が海賊と手を組んでいたなど、天人一掃を掲げる攘夷浪士にははらわた煮えかえりもするだろう。
大義名分も出来た上で、浪士たちの矛先は容疑者ガエルに向いたという訳だ。
斯くいう禽夜も往生際悪く幕府直轄の真撰組を護衛に付け、正攻法で自分を狙う志士らを表立って捕まえるということなのだろうけど・・・・。
まったく、あわよくばなんて考える人は大抵碌でもないし、大体くじけるんだよね。
護衛対象のカエルは下心が見え見え。それが分かってるから真撰組も士気が下がる一方。
「まあ、そうごちゃごちゃ考えるな。目の前で命狙われてる奴がいたら、良い奴だろうが悪い奴だろうが手ェ差し伸べる。それが人間のあるべき姿ってもんだよ!」
「・・・・(この人あたしの考察をごちゃごちゃで一掃しよった・・・)」
「(近藤さんもさり気なくえげつねーなァ)」
誇らしげに語った近藤さんは視界に歩いていくカエルの姿を見つけ、慌てて追っていった。
命狙われてるのにあのカエル、学習能力ないのかな。
近藤さんは何も考えずに結論に達しちゃったんだろうけど・・・ぐすん。
「本当にあの人ァお人好しでいけねーや」
「・・呆れるくらいにね」
「底なしにな」
粗暴な荒くれ集団なんて言われて、決して町の人気者なんて言えない真撰組で、まさか近藤さんみたいな人が上に立っているなんて誰が想像するだろう。
それが近藤さんが持つ最大の長所で短所なんだろうけど。
「ま、ちゃんとあの人支えてやんなよ総悟。ゴリラに学習能力付けてくれるとこっちも助かるからさ」
「後半余計な御世話だ。言われなくても分かってらあ」
「実は近藤さん大好きだもんねぇ」
「何言ってんでィ、気持ちワリィこと抜かすんじゃねー。はっ倒すぞ」
副長さんが山崎くんをフルボッコにしている光景を遠目で見ながら、渋い顔する隣の少年は不機嫌そうに顔を歪めた。
ああ、そう言えば山崎くんの怪我きっとあたしが治療することになるのかな。
「副長さーん!もうその変にしとかないと、―――」
ドオオオォォォン!!
――え?――あれ、近藤さん・・・・?
―――数時間後
「ホシは“廻天党”と呼ばれる攘夷浪士集団。桂達とは別の組織ですが負けず劣らず過激な集団です」
山崎くんが自身で調べた情報を述べる。
ついさっきまで日は高かったのに、今はもう松明に火を灯すほどの闇があたりを包む。
明りの下に並ぶ隊士たちの厳つい顔は、更に剣呑なものに染まり一人の男を見下ろしている。
与えられた部屋は隊士全てを収容できる様な広さはない。
中央に布団に横たわる近藤さんを据え、その周囲に隊士の半分程度がかろうじて座れる程度のスペースしかない。
近藤さんの周りには医療班のあたしと副長さん、山崎くんの他は各隊の隊長が坐している。総悟を除いて。
瞳孔開いた目で「一人にさせてくれ」とか言ってた気がするけど全然戻ってこないし。
近藤さんが目の前で狙撃されたことが堪えたのかな、やっぱり。
―――そう、近藤さんは撃たれた。
護衛対象のカエルを庇って、隣建物から放たれた弾丸は近藤さんの左肩を貫いた。
「そーか。今回の件は俺の責任だ。指揮系統から配置まで全ての面で甘かった」
「副長」
仕切り直しだと腰を上げる副長さんに一人の部隊長が声を上げる。
その顔が不信感を募らせていることをハッキリと語っていた。
「あのガマが言ったこと聞いたかよ!?『あんな事』言われて、まだ奴を護るってのか!?」
「野郎は人間(俺達)の事をゴミみてーにしか思っちゃいねー!自分を庇った近藤さんにも何も感じちゃいねーんだ!」
皆が苦い表情で口々に訴える。
真昼に轟いた銃声。
カエルを庇い倒れた近藤さんの姿。
身を呈して助けた彼に浴びせられたガマの冷徹な言葉。
凍りつき、殺気だった隊士たち。
『フン、猿でも盾変わりにはなったようだな』
誰よりも早く抜刀した、いや、仕掛けたのは総悟。
それを瞬時に止めたのは副長さん。
『止めとけ』
どろりとした殺意をガマから彼に向け、憎しみを込めた瞳のまま総悟は副長さんの腕を振り払い行ってしまった。
あたしとすれ違いざま『近藤さん、たのむ』と一言残して―――。
「副長、勝手ですがこの屋敷いろいろ調べてみました。倉庫からどっさりこいつが・・・間違いなく、奴ァクロです」
透明なビニールの小袋を掲げ、山崎くんも不満を隠しきれない。
白い粉の入ったそれがなんであるのか、この状況で分からない者などいない。
麻薬『転生郷』が見つかった今、禽夜を護衛すべきではないと誰もが口に出さずとも訴えている。
「こんな奴を護れなんざ、俺たちのいる幕府ってのは一体どうなって・・・」
「ふん。何を今更――今の幕府は人間(俺達)の為になんて機能してねェ。とっくに分かってた事じゃねーか」
疑心の中、副長さんの声音は変わらない。
皆そう思う事を分かっていたように、しかしそれさえも自らの意思を貫かんと揺るぎさえしなかった。
襖を開け広げ、闇の中に煙草の煙を吐き出す。
揺るがぬ男の背中を見ながら、隊士たちは彼の言葉を待った。
「テメーらの剣は何の為にある?幕府護る為か?将軍護る為か?俺は違う」
天人があたし達みたいな人間を顧みる事など今の世にほとんどない。
技術の進歩も発展も天人がなければありえなかった。
だからこそ、彼らは人間を目下の者と蔑ろにする。身も心も時代に縛られた者たちを侮蔑のまなざしで見下ろしてくる。
あの時の禽夜の様に。
「覚えてるか。あの頃、学もねェ居場所もねェ。剣しか脳のねェゴロツキの俺達をきったねー芋道場に迎え入れてくれたのは誰か――」
けれど、それでも捨てられないものも確かに存在するから。
どれだけ冷たい言葉を浴びせられても、どれだけ蔑ろにされても、護るべきものは―――。
「廃刀令で剣を失い、道場さえも失いながらそれでも――俺達見捨てなかったのは誰か」
その志を掲げる彼らは芋侍なんて言われても、誰よりも侍でいたい。
護るべきものが例え同じでなくても、この人だけは返しきれない御恩があると皆が知ってる。
「失くした剣をもう一度取り戻してくれたのは、誰か。・・・幕府でも将軍でもねェ。俺の大将は昔からこいつ(近藤さん)だけだよ」
不信を募らせていた隊士たちの目に生気が戻る。
ああ、確かにそうだった。
あの人がいるから今の俺たちがいるんだと。
「大将が護るって言ったんなら仕方ねェ。俺ァそいつがどんな奴だろうと護るだけだよ」
気にくわねーなら帰れ。俺ァ止めねーよ。
最後まで優しさなくしかし力強く副長さんは言った。
・・・・まったく、鬼の副長でなくあれはきっと不器の副長じゃないか。
「」
「はい?」
「後は頼む」
「・・はーい」
この人もやっぱり近藤さんかい。総悟と同じ事言い置いて去ってったよ。
しかしそれでも考えるように消沈している隊士たちに囲まれて、あたしは溜め息をついた。
「ほーら。何時までしみったれてんの!んな空気じゃ近藤さんにまでカビが生えるでしょーが!」
「さん・・・」
おずおずと面を上げる彼らのなんと情けない事。
叱られた子供の様な困惑した彼らを見回し苦笑した。
「ま、あの人の様にバッサリ割り切るなんて難しいだろうさ。でもね、あんたらがそうだとあたしが迷惑すんの」
「え・・?」
「さん何言って・・・」
「テロリスト来るんだよ?あたしこれでも救護班だから、そんな地味地味したあんたらがまともに剣を振れるなんて思えないね」
「あの、さん地味地味って、まさか俺と掛けてます?ねえ」
「黙ってろジミー山崎」
「酷っ!」
「――無駄に怪我こさえる真似すんじゃないって言ってんの!」
周囲を睨むように見まわし、朗々と言い放った。
近藤さんみたいにあのカエルを『良い奴だろうが悪い奴だろうが、手を差し伸べる』なんて、あたしだって思えない。
現にあたしの手元には奴が密輸したであろう薬にその身を蝕まれた患者もいるんだから。
だからと言ってあんた達が見据えていたのはあのガマなんかじゃないでしょ。
「近藤さんと同じなんて難しいよ。だからこそ、あんた達は自分が信じられるものを信じればいいんだ」
「・・・・・」
「先を見据えることができないなら、見据える人と同じ方角を見てみればいい。それが正しいか間違ってるかは後にならないと分からないけど。死んでからじゃ考える事も出来やしない」
あんた達の視野は自分だけでなく、自分が信じるその人の視野の分更に広くなるはずだから。
闇に呑まれそうになるなら光あるところを探せばいい。
光が見つからないなら光を見詰める人と同じ方向を見てみればいい。
「ぶれた刃で自分を殺す真似してごらん。あたしが今ここで戦闘不能にしてやる。無駄死になんて死んでも御免だからね」
・・・・・・・、―――――っ。
―――おおおおおおぉぉぉぉ!!さーんっ!!
惚れ直したぜェ!!姐御おおお!!
途端に隊士たちは息を吹き返したように歓声を上げた。
あたし達が人間である限り、各々が抱いているものが全て同じなんてあるはずない。
でも行く筋もある未来への道のほんの一筋でも交わせるものがあるなら、きっと信じることが出来る。
あんた達は今までずっとそうだったんだから―――。
――― それから数日後。
「【おてがら真撰組 攘夷浪士大量検挙!!】【幕府要人 犯罪シンジケートとの癒着に衝撃!!】・・・今日の新聞読んだよー。おてがらだってさ、よかったね褒められたみたいで安心したよ」
片手に新聞紙を装備したあたしは縁側で件の面白アイマスク装備した総悟の隣に腰掛ける。
こらこらこらあからさまにイビキを掻くなんて!起きてるの分かってるからな。
「なんだよ母ちゃん今日は日曜日だぜィ。ったくおっちょこちょいなんだから〜」
「あれ、そうだっけ・・・しまったあたし日曜日は午後からだ。出直してきまーっす」
「ボケをボケで返すな。馬鹿は空気読め。そして今日は木曜日だ!」
なんだよ副長さん。あたしは総悟のボケを素直に受け取っただけじゃないか。
あわよくば労働時間削ろうなんて思って・・嘘です下心ありました、謝りますから抜刀は無しの方向で。
「・・あのあと隊士たちに一喝してくれたんだってな。悪かったな面倒押し付けたみたいで」
「なんすか?一喝って。生臭い男共を更に暑苦しくした気はしたけど・・・」
「とぼけんな。俺が土方さんと外でガマを磔にして炙ってた時にも聞きやしたぜ。隊士の雄たけび」
「は?何を火炙りにしたって?」
なんかエライ事聞いた気がしたんだけど。
ちょ、なんで二人とも素の表情でこっち見るの?「え、何の事?」って顔に書いてるんだけど!
「え、あのガマ焼いた」
「ああ、俺も聞いた。「姐さん一生ついて来ます」とか「惚れ直した」とか」
「他にもありやすぜィ。「さんになら何されてもいい」とか「寧ろ俺を叱って下さい」とか」
「・・・・・は?そうでなく」
「おいおい、うちの部下そそのかすなよ」
「真撰組が女の尻に敷かれてるなんて俺ァ思いたくねーが。仕方ねェ。土方さんこの悪女、どうしやす?」
「まあ、俺も気は進まねーが。仕方ねーよな」
「ですねィ。仕方ねーや」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・す。
「すいません。気のせいでした」
――――だれかあたしに光を差し伸べてください。
嬢のサディスティック度が目に見えて降下していく。
最後の最後の落ちが、なんかデジャヴ?おかしいな目から水が・・・。
冒頭に公子ちゃんだしたのは、前作のおまけ的要素だと御思いください。
今回は総悟と土方さんが出張ってましたが、あんたら結局嬢に何したかったんだ!?
つか、本当に嬢を貶すときだけ意気投合してるなあんたら。
本当に仲良いんじゃ・・「おい」・・え?「好き勝手言いやがって」・・は?え、ちょっとソレ反則!!?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
本日の営業は諸事情につき停止させていただきます。