愛してるぜぇ!!

 ・・・ぴんぽーん

「すいませーん。さんいらっしゃいますかー?」

 ぴんぽーん

・・・聞いたことのある声だった。
居留守を決するのはその一瞬で十分。
あたしはその場で息をひそめた。
相手は強敵だ。気配には敏感だし、例えここから距離があろうと人ひとりの息遣いまでもを察してしまうような奴である。

「すいまっせーん」

手にお茶の入った湯のみと、もう片方の手にかりん糖を一本持ち、あたしはテーブルの下に身を潜めた。
テーブルの脚が短いからほふく前進でしか移動できない。
ゴキ歩きとか言う事なかれ!忍者も使う隠密性の高い移動手段なんだぞ!
天井とかにもこんな感じで身を潜めてるじゃないか。

 ぴぴぴぴぴんぽーん ぴんぽっぽーん

「・・・・・留守か。仕方ない」

はいはいさんは留守ですよ。
留守と言っても居留守ですが、そのまま帰ってください今すぐ切実に。
この際家の呼び鈴が変な連打されようと構わないから、ピンポンダッシュも認めるから。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行ったか」

「なんだ居るではないか。相変わらずシャイだなは」
「・・・・・・・」

 バ キ ン ッ !!

「ぐおべッ!!??」

そのあとのあたしの行動は早かった。
もはや反射行動。
家の中庭に勝手に侵入してきたお尋ね者の顔面に、あたしは容赦なく手にしていた湯のみを叩きつけた。

鼻血?
出るくらい投げないと粛正にならないじゃないか!

コスプレの良さ?そりゃ多分萌えだな

「―――どうした、。そんな仏頂面して。嫌なことでもあったか?」
「元凶の90%を担ってるのがあんただってこと、気づこうな」
「それはすまなかった。だが例え夫婦でも知らないことは多い。それらを知り享受していくことでより深い絆は築かれるというもの。さあ!俺の全てを受け止めてくれっ!!
「受け止めるかあぁぁっ!!?右から左に受け流すわっ!!!」

副長命令を行使され、真撰組の屯所で強制的に常駐して早一週間。
着替えを取りに、ついでに自家製ブレンド緑茶でひとときの自由を満喫していたあたし。
それはそれは地獄の様な日常風景から解放されたというのに。
何故か今、自宅という心身の癒し空間でとんでもないKY兵器を目の前にしている。
なんなのコレ?ねえ、あたし世の中に何かした?

「相も変らぬツンデレだな。まあそんなヤマアラシのごとき激しさを包み込む、俺の懐深さを知るもよかろう」
「ツンはともかくいつデレた。懐深さ以前に自分の錆びついた脳みそを自覚したほうが良いよ、ヅラ」
「ヅラじゃない旦那様と呼べ(あなたも可!)」
「無駄に括弧活用するなバカ」

コイツ何しに来たんだろう。ね、ほんと何しに来たの?
居間で正座して普通に会話のキャッチボールを変化球で交わし合っているわけだけど。
・・・なんだろうね、この光景。

「ところで。折り入って頼みがあるのだが・・」
「いや、それ以前に鼻血は止めようか。今すぐに」
「おお、忘れていた」
「いや、忘れるもんじゃないから。両方の穴からダブル鼻血出てるから。それで真剣な顔で喋らないでくれないかな。あたしの気力と家の畳がダメになる」

鼻血出させたのあたしだけどね。
湯のみで反射的に顔面狙うって、どんだけ無意識に殺意抱いてるんだっつの自分。
せっかく綺麗な顔してるんだから、その悲惨さに罪悪感も多少は抱くけど、謝罪出る前にこの男の斜め上行くボケを斬り込む事を優先してしまう。

、ちっしゅ。ちっしゅはろこら」
「わ、ばか!歩きまわるな、血が飛ぶ!」

鼻を押さえた指名手配犯が鼻の下真っ赤にしてうろうろしだし、あたしは手元の台拭きを桂の顔面に張り付けた。

「い、いたいぞ!もうちょっと優しくしてくれ!」
「あ、暴れるな!大人しくしなさい!ちゃんと拭けないでしょ・・あれ?お母さん?」
「お母さんではない。俺のワイフだ!」

「え?「大事なところも潰してくれ?」よし来た!」
「え、まっ、やめてええェェ!!!??」


・・・で、初期よりも傷だらけになった桂。
色気もへったくれもないマウントポジションゲットしたあたしが、どんな制裁加えたのかはあえて言わんけど。
元が優男で女顔ということもあるせいで、傷をこさえたこいつはワイルド系には・・ならなかった。
なんか、満身創痍の乙女・・もとい“もやし”っぽくなったよ。

「お前が恥じらいを捨てていることを失念していた。まさかあんな暴挙に出るとは・・・」
「そろそろ話し戻そうか。でないとあたし、理性を三角コーナーに殴り捨ててしまいそうなんです」
「あったのか理性。それよりなぜ敬語・・・あ、すんません」

頼みがあるというから成る丈冷静に話しかけたというのに、本題に中々入ろうとしない。
聞く耳持ちたくない(ここ重要)あたしに殴られ蹴られしたというのに諦めなかったので、それほど重要な事なのかとようやく聞くだけならと大人しくしたのに。
尚も言い募ろうとするので、射殺さんばかりに睨みつけてようやく静かになった。
なんか肩すぼめてちっちゃくなったけど。まあいいか。

「それでだな、。転生郷を知っているか?」
「・・・はい?」

真剣な表情の桂から発された単語「転生郷」。
ここ最近聞き慣れたその名前が、まさかこの男から出てくるとは予想外だ。
なにせ、この一週間真撰組の屯所に強制宿直させられていた原因の一端がそれだったんだから―――。

――― 一週間前。

定期的に訪れる真撰組の医務室で、医療備品の在庫整理をしていると前触れもなくひとりの隊士が現れた。
副長の土方だ。

「よう」
「副長さんが来るのは珍しいですね。どうしたんです?体調でも悪いんですか?」
「いや・・」

先日夜の屯所で見た、総悟が藁人形(土方写真付き)に釘を打ってた光景。
カーンカーンと打ちつけられていた胸とか頭とかその他いろいろ・・・・、あえて言わんけど。
心当たりありまくりのあたしの問いに副長さんは首を横に振った。あ、大丈夫なんですか。
良かったようなちょっとばかし残念なよぅ・・げっふん

「ちょっと時間良いか」
「構いませんけど・・・どうしたんです?」
。お前、転生郷を知っているか?」
「転生郷・・・」

麻薬の?と首をかしげる。
毎度のごとく禁煙ルームで咥え煙草のまま副長さんは目の前に小さなビニール袋をあたしの目の前に突き付けた。
まさか・・え、ちょ、なんで、んな危ないもん持ちだす!?

「巷で最近出回ってるもんでな。辺境の星の珍しい花から作られるらしい。一息吸うだけで強い快楽を得、引き換えに依存性の強さも並じゃねえ」
「そうですね、」

あたしの予備知識にもある内容をつらつら説明する副長さん。
嫌々手にした透明な小袋の中にある白い粉こそ、恐らく人を廃人に追い込むというその“転生郷”に違いない。
手ずから渡されたソレをマジマジと見つめる。
パット見は台所にでもありそうなただ白い粉だ。
怪訝な表情で年中無休で瞳孔開いてる男を見上げる。

「んで、あたしにこれをどうしろと?要人さんに頼まれて廃人の倅を治せとか?薬漬けになった人間に必要なのは、万能薬でなく時間ですよ」
「そうじゃねーよ。まあ、後者は否定せんが。お前は見かけによらず優秀だからな、んな話も転がり込むんだろうが――」
「見かけによらずってのは余計です。たとえ万能薬作成の依頼来ても追い返しますよ。あたしは」
「ハッ、相変わらず剛毅な女だな。・・だが、気をつけてくれ」

甘っちょろい考えで治療を望む奴を治したって意味がない。
万能で楽な治療っていうのは、また繰り返す原因になりうるからだ。
厳しいことを言うようだけど、あたしは治す気のない患者を治療しようなんて考えるような人間じゃない。

ふんぞり返ったあたしに副長さんはニッとニヒルに口元をゆがめると、向かい合うように椅子に座りなおした。
どうやらそこからが重要な内容のようで、あたしも手にした小袋を返し聞く態勢に入る。

「その転生郷なんだが、『春雨』っつう大規模な宇宙海賊が密輸の手引きをしているらしい。しかもその『春雨』は現在この江戸に潜伏しているという噂がある」
「・・・・へえ、それはおっかない」
「しかもその密輸に幕府の一部が加担して、利益の一部を受け取っている・・噂だがな」
「噂ばっかじゃん。火のない所に煙は立たないというけど、副長さんは確信してるんです?」
「確実じゃねえがな。お前は顔が広い。しかも真撰組に出入りしてる。女っつうことも含めて、春雨でも幕府でもあらゆる理由で狙われる可能性があるってことだ」

真剣な副長さんはこれまで何度も見ているけど、今回は心配の色が濃い。
女で医療関係者で真撰組に通う人間ってのは・・・ホント、あたし人質要素いっぱい持ってんなあ。
転職を考えるべきかな、・・・今更もう遅いか。

「・・・・つまり、あたしはしばらく真撰組をお休みってことですか!
「・・・なんでそんな嬉しそうなんだ、んなわけあるか。・・っておい、なんでそうあからさまに嫌な顔になる?

・・・言わせる気かこの人・・・・嫌な顔もしたくなるよ。
真撰組に出入りすることであたしは危ない目に遭うかもしれないけどさ。

今現在、日常で起こる故意的な爆発とか刀振りまわす上司とか部屋を歩きまわるゴリラとか、フツーに危なかったりするんだけどねっ!
しかも偶にイラッと来るんだよね。なんでだろう。
あたしにゃ屯所で繰り広げられる、戦争の様な非日常から引き起こされる精神的被害の方が重要だ。

「病院の方へは俺が連絡を入れておいた。お前はほとぼりが冷めるまで病院勤務を退いて、その分真撰組に通ってもらう」
「はぁっ!!?何勝手にッ!」
「掛け持ちしてる病院は非常勤だしなんとかなんだろ?働いた分の給料はこっちで出す、俺たちはお前を守りやすい、怪我人への迅速な治療も出来る。一石二鳥どころか三鳥じゃねーか」
「一石二鳥の意味知ってんの?」

あたしにとってプラスになるどころかマイナスになる。
しかも後半あたしへの得でなく、あんたらの都合入ってるし!
言葉だけ聞いてたらプラスマイナスゼロだけど、さっき言ったように真撰組の屯所と言うのは常に精神面との勝負だ(たまに過激で危険な戦争地帯が発生するから、肉体的な被害もあるわけだけど)。

ぶっちゃけあんたらと平和な日常なんて期待できねーンだよということだ。
どうしてくれるあたしの平凡な日常。平和な時間。

「・・・・・・・おい、だからなんでそう滅茶苦茶に嫌な顔すんだこのアマ。何が不満だ」
「なにもかもだ。あんたが一番分かってんだろーがよ!このマヨ様が!!」
「てめえ!マヨネーズ馬鹿にしてんのか!?いっぺん吸ってみろよ病みつきになるからっ!!
「誰が好き好んでマヨに侵された野郎の脳みその意見聞くってんだ」
ヤんのか、あ?
受けて立つぞ、ん?
「―――!!?」
「―――っ!!」
―――――。
――――。
―――。

―――そうしてあたしは副長さんの喧嘩を買ったせいで、一週間屯所通勤のはずが一週間の屯所監禁もとい宿直に変更されたのでしたー。(投げやり)

「真撰組」という看板はたしかに外からの害意を払ってはくれたけれど、やっぱりというか。内からの被害、・・つか災害はもう、アレだね。
あたしを殺す気かって。
実際何回被害を受けて、そのたびに相手の闇討ちを実行したことかっ・・・実行したんだとか言わない。
あそこは外から隔絶された戦場なんだ。
風呂場襲撃された時なんて、犯人が隊士だと分かった途端副長さんと総悟が率先して私刑実行したからね!血の海できた!笑い事じゃないけどっ。


「――これでも心配していたのだ。自宅に帰っていないと聞いて、まさかと思って心配してみれば――。真撰組で隊士目掛けて皿をフリスビーしていたお前の元気な姿を見てどれだけ安心したか・・・・」
「ああ、あれは総悟が「的(土方)当て殺りやしょう」って誘われて。って違う違う。どうしてあんたがんなこと知ってる
の全てが知りたかったんだもん」
「だもんやめてキモイ」

もはやここに的確なツッコミ役がいない事にあたしもヅラも気づかない。
悲しいことに新八少年の激烈なツッコミのありがたさを感じる暇もないので。
皿フリスビーとか的(土方)当てとか。

「で?・・・転生郷なんて、そんな物騒な薬を引っ張り出してあたしに何か頼みに来たんだ?」
「うむ」

首を縦に振る桂。
ただの安否確認ならすでに真撰組で覗き見していたらしいので、それ以外ならば限られてくる。
あたしはコレでも薬師をしているのだから、それ関連だろうとは思うけれど・・・。

「単刀直入に言おう。現在我らの下に件の薬に体を蝕まれている者がいる」

それを聞いてあたしはすぅっと目を細めた。
桂小太郎という男は馬鹿な一面を見せることがあっても愚か者ではない、と思う。
まさか薬漬けの依存者の治療を求めることはないはずだ。
だけどやむを得なく摂取してしまったというならば、その量は強力と言えども少量のはず――薬学の専門家よりも医者の範疇では。

「お前が見かけによらず優秀な薬師であることは聞き及んでいる」
「前半余計だ。・・その優秀な薬師様に協力を頼みたい患者っていうのは、――中毒者でしょ」
「・・・話が早いな。その通りだ」

あたしが桂の事情を知らないからこそ、きっと今すごく嫌な顔をしているに違いない。
目の前にいる男はそれを読み取ったように苦笑を浮かべている。

「言いたいことは分かる。、お前は真面目だからそういう者への印象は良くはないだろう。しかし俺も目の前の、しかも天人の持ちだした物に苦しむ人間を見なかったことはできん。それに―――」
「それに?」
「・・・ああ、その娘は銀時と共に部下達が回収したのだ。拾った場所が場所だけに何かしらの事情があるのだろうが。しかしそのまま放ることも出来ん」
「・・・・・はぁ」
「娘はまだ年若い。お前の力を貸してくれ」
「・・・」

可笑しなことに銀時の名前を出したことで、その依存者の印象も多少は変わる。というか変わってしまうから不思議だ。
なんであの銀パはそんな厄介事に関わってるとか、今更な気がするけど。
それとも、コレは真撰組に報告すべきなのだろうか。
薬の使用者ということはバイヤーとも接触している可能性があるわけだけど・・・。
万事屋が拾って来たと言えば、桂の事は話さなくてもいいだろう。
上手くいけば検挙につながるけれど、そのバックには宇宙海賊春雨というおっかないのがチラついている。

「(なーんであたしがこいつらを庇うかどうかの瀬戸際に・・・)」

頭を抱えたくもなる。
しかも庇うのは桂や銀時だけではない。
この情報だけで真撰組が出動することになっても、現実的に数名のタレこみだけでは薄すぎてあっという間に天人の支配する上に握りつぶされる可能性が大きい。

それだけならいいけど、無駄に真撰組を動かしたと言いがかりをつけられて屯所の彼らが処分されたら・・・?

『しかもその密輸に幕府の一部が加担して、利益の一部を受け取っている・・噂だがな』

副長さんの言葉がよみがえる・・・・あり得ない事ではない。
黒幕と絡んで真撰組もろとも彼らを潰すことなんてきっと容易い。
・・・それ即ち、あたしのすることは決まったも同然だろう。


「・・・・・・患者の、容体の詳細を」
・・・」
「勘違いしないで。あたしは【通りすがりの病人】を診るだけ。決して指名手配犯に依頼されて治療するわけではないから」
「ははっ・・そうか、では参ろうか薬師殿」

投げ出してしまえばどれだけ楽だろう、なんだかんだでやはり甘さが出てしまう。
彼らの為にと偽善ぶるつもりなどないのに、あたしを取り巻く様々を考えてしまうのは悪い癖だろうか。
なにより、こうして真正面から頼まれることで滲みでる桂の真摯なオーラを恨みがましく思う。
なんでこの男こういう時にはきっちりしてるんだ。顔か?顔がモノを言うのか?

捻くれたあたしの言い回しに苦笑した桂は丁寧にあたしの手を引いた―――。

まあ、素行の悪い娘さんの治療なんてのは最初だけ。
あたしがすべき治療ってのが、実は徹底的な(トラウマ的)調教法なんだけど・・・言わない方がいいな。うん。


「え、なんで恋人つなぎ?」
「照れる事はない。次回は格調高くお姫様だっこだ」
「勝手に予告しないでくんない!?ちょ、いやだ!手配書男とこんなの目撃されたら一緒にお縄じゃない!」
「安心しろその時は、仲良く一緒に脱獄を手伝ってやる」
「いらんわ!貴様一人で入獄してろ!」


―――本気で、この男の切り替え所ってどこなの・・・・?

はい、こうして桂に拉致はされませんでしたが体よく連行された嬢でした。
この後きっと転生郷に侵された公子ちゃんを治療もとい、世にも恐ろしい調教が行われることでしょう。
健康体に戻るころにはトラウマを植えつけられているはずです!(^^ゞ
なんかもうこの嬢の手にかかると絶対服従が定着してそうなのがリアルに想像できるんですが・・・・。