愛してるぜぇ!!

姉ー!!」

「・・・・・ん?」

聞きなれた無邪気な声に振り返る。
本日も神楽ちゃんは輝いてるようです。
何時もの番傘、身軽で小柄な体躯、夕日色のチャイナ服。
こんな可愛い子と銀は同居してんだよなあ。
羨ましい。銀が。

「どうした神楽ちゃん。ボディブロー掛けなければ、逃げないから落ち着こうな。それとも後ろのデカイ犬を突っ込んだ方が良い?」
姉!私この子飼い始めたアル。定春いうネ。可愛いでしょ!」
「・・・定春?」

あたしの言葉を総無視して、神楽ちゃんは興奮した様子で目の前の巨大犬を自慢する。

や、本当にでかいなこいつ。
座った状態でも軽くあたしの身長越えてるし。
白い毛並はモフモフ。
あコリャ気持ちよさそうだわ。

噛み付かないかなー・・・・・お、おおっ!
撫でるとなんか目ぇ細めてうりうりしてくる!
なんだこの生き物!
何食ったらこんなでかくなるのかとか気になるけど。
なにこの可愛い生物っ!!

「うっわあ可愛いなあ!何て言うか、そのつぶらな瞳がスッゴイ可愛いっ!」
「わん!」
「デショ!!姉なら分かる思ったネ!」

人ってのは如何にその生物に欠陥があろうと、懐かれた瞬間いろんなフィルターが掛かるみたいだ。
おーしおしおしおし!
かっわいーなあ、定春オイッ!!

「写メ撮っていい?神楽ちゃんとツーショット」
「もちろんヨ!姉も一緒に入るアル!」
「わん!」

神楽ちゃんとキャイキャイ騒ぎ、仕事の時間を迎えたあたしはしぶしぶそこから退散した。



―――それから数時間後の夕方。

病院に、何者かに撥ねられたらしい新八君が神楽ちゃんにおぶられてきました。

「え、定春に撥ねられたの?」

「違うネ。定春狙う悪党の車に轢かれたアル」

「・・・・・・・・・・・・・・そう(もう何も言うまい)」

団子は耳たぶくらいの柔らかさがベスト

―――愛だァ?夢だァ?
若い時分に必要なのはそんな甘っちょろいもんじゃねーよ。

そう、カルシウムだ。
カルシウムさえとっときゃ、全て上手くいくんだよ。
受験戦争、親との確執、気になるあの娘。
とりあえずカルシウムとっときゃ全て上手く・・・・。

「いくわけねーだろ!!いくらカルシウムたっとってなァ、車に撥ねられりゃあ骨も折れるわ!!」

「俺も撥ねられたけどピンピンしてんじゃねーか。毎日コイツ飲んでるおかげだよ」

苺牛乳しか飲めない癖にえらそーなんだよ!!
「んだとコラァァ!コーヒー牛乳も飲めるぞ!!

―――他の患者や看護師さんたちからの苦情により、問題の病室に顔を出せば見たことのある顔が勢揃い。
お前・・つか銀、あんたお見舞いにきたならもっとましな態度取れや。
新八君興奮しすぎてメガネ割れたらどうすんだ。
あ、どうもしないか。

「五月蝿いっつってんだろーが。あんたらいい加減にしないと屋上から突きお・・病室からつまみ出すからな」

「え!?・・アレ?さん白衣っていうことはこの病院で働いてるんですか!?」
「新八気絶してたから気づかなかったネ。姉のところに運んだの私アル!」
「気のせいかちゃん?銀さん屋上から突き落とすって聞こえたんだけど。医者にあるまじきじゃね?」

何度言ったらわかる。あたしは薬師だ。
昨日神楽ちゃんが(病院内爆走し、あたしのいる仕事場まで探し回り)新八君運んできたけど、(結局なんやかんやで)ギプスはめたのは医者と看護師だから。

「つか、今日はミニスカじゃねーのかよ。白衣にゃミニスカだろーがよ」
「テメーは病院に何しに来た。セクハラするなら望み通り屋上から落すからな」
「望んでねーよ。男として健全だろうが。女医の白衣姿なんて燃える要素見逃すかってんだ。保健室にゃ白衣の美人がいるのがセオリーだろーがよ」
お前病院くんな

不健全だから銀は学校にも足踏み入れるんじゃねえ。
パンツ姿で何が悪い。
着物だと帯が邪魔で白衣着れないんだよ。

「とにかくこれ以上騒ぐなら、あたしが強制的に摘まみだすよ。ここにいる職員のほとんどが人体の急所知ってる事、忘れないことだな

「・・・・ここ本当に病院ですか?」

聞きわけない患者にはこのくらいの脅しは必要なんですー。
新八君のお向いさんなんて、少し前までは看護師にセクハラしまくってて何度あたしが駆り出されたことか・・・・。

「ちょっとちょっとさん!今まさにデッドオアアライブの患者さんもいるんですからね!殺すとか死ぬとかそんな物騒なこと言わないで頂戴!!」
「言ってねーよ」

あからさまで物騒なのはあんただ婦長。
この前だって悪口言った患者の病院食にわざとくしゃみしてたこと、皆知ってんだからな。

「オイオイ。エライのと相部屋だな」
「ええ、もう長くはないみたいですよ。僕が来てからずっとあの調子なんです」
「その割には家族が誰も来てねーな」

お向いさんは人工呼吸器で医者を傍らに、朝からずっと寝込んでいる。

足の骨1本折っただけで後はメンタル絶好調な新八君には気まずいことこの上ない。
昨日神楽ちゃんが新八君おぶさりながら(院内爆走し、医療器具はっ倒し、壁に穴をあけて)騒がなければ、もっと静かな病室を用意して貰えたのに。

・・・・・うん、言わないでおこう。
迷惑患者のブラックリスト入りしたこと。

「あの歳までずっと独り身だったらしいですよ。相当な遊び人だったって噂です」
「ま、人間死ぬときゃ独りさ。そろそろ行くわ万事屋の仕事あるし――」

「万事屋アアァァァ!!」

「ギャアアァァァ!!」

それまでぐったりしていたはずのお向いのジーさんがガバリと起き上った。
あらら担当医がひっくり返っちゃったよ。

「先生大丈夫?気をつけなよ。たまに前触れもなく起き上る患者さんがいるんだから」
「言ってる場合かっ!?」

言ってる内にジーさんはよろよろとベッドから抜け出し、あたしたちのいるベッドの方へと歩き出す。
止めるべき医者と婦長は真っ青だ。

「今・・万事屋って・・・言ったな・・。それ何?何でも・・・して・・くれんの?」
「いや、何でもって言っても死者の蘇生は無理よ!!ちょ、こっち来んなー!!

「ジーさん何でもって言っても死ぬ前にキャバ嬢連れて来いってのはなしよ?
「言ってる場合かァァ!?」

「あ、それもイイ・・・かも・・?」

「「「「寝てろやエロ爺ィィー!!」」」」

―――コレの持ち主を探してくれんか?

1本の簪を銀時に差し出し、ジーさんはそう言った―――


「団子屋『かんざし』?そんなもん知らねーな」
「昔この辺にあったって聞いたぜ」
「ダメだ俺ァ3日以上前の事は思いだせねェ。それよりよォ銀時、お前溜まったツケ払ってけよ」

銀時は結局ジーさんの依頼を受け、簪の持ち主を探すこととなった。

怪我で動けない新八君はそのまま病院で待機し、銀時と神楽ちゃんはあたしを拉致して今団子屋にいる。
なんでってあたしの顔が広いからだ。
簪の持ち主であるらしい、50年前の綾乃さんなんて知り合いいないっつっても聞きやしねえ。
自分だって人脈ある癖にあたしまで連れ歩く必要がどこにある。

「その『かんざし』で奉公していた綾乃って娘を捜してんだ。娘っつっても50年も前の話だから、今はバーさんだろうけどな」
「ダメだ俺ァ40以上の女には興味ねーから。それよりよォ銀時、お前溜まったツケ払ってけよ」

「おいちゃん、あたしにも何かちょーだい」
「あいよ。ところでちゃん、うちの倅との見合い話なんだけどねえ」
「おいちゃん息子いたの?ごめんあたしもの覚え悪いから独身だと思ってたよ。それより団子くれ」
「いや、物覚え悪いって、ちゃん1週間前うちの息子とお茶してたじゃん」
8歳のな

―――結局、団子屋のおいちゃんは昔あったらしい団子屋の事など知らなかった。
銀時は何時もの様にのらくらとおいちゃん受け流し、ツケも払わずに団子屋を後にした。
唯一の戦利品は常連特権で入手した新作柏餅くらいだな。
んまい!

「神楽ちゃんも食べる?」
「うん!」
「銀さんにはー?」
「本日売り切れです」

あそこのおいちゃんは下ネタ好きだけど悪い人じゃないんだよなあ。
まあ、あたしはおいちゃんより偶に顔出してくれる8歳の可愛い少年とお茶飲みするのが好きなんだけど。
絶対奥さんに似たんだよあの可愛さ。

「んーまい!姉の人望は皆を幸せにするアル!」
「ありがとー。ほら銀落ち込まない。食べかけでいいならやるから」
「ん」

どんだけ糖分取るつもりだこの男。
あたしの食べ掛けでさえあっさり食ったよ。
こら指を食うな。
ほどほどにしなよって言っても空返事しか返さないし。

「で、どうする?50年前の人脈なんてたかが知れてるし、」
「定春で臭いを追うのはどうアルカ?」

「「はい?」」

柏餅を一口で平らげた神楽ちゃんは片頬を膨らませて、珍案を出した。
思いもしなかった提案にあたしと銀は顔を揃えてポカンと神楽ちゃんを見る。

「んな日本昔話みたいなもんで見つかるわけねーだろ」
「50年以上連れそったジーさんの臭いのが染みついてる気もするしね」

「やってみなきゃ分からないネ!私定春連れて来るアル!」

そして万事屋で留守番している定春に乗って神楽ちゃんは戻ってきた。

昨日も見たけどやっぱりこのつぶらな目が、くりくり・・・かっ、―――。

「やっぱり可愛いなあおまいさん!!」

「おい、頭齧られるぞ。悪いこといわねーからちゃん避難しなさい」
「銀ちゃん、定春は姉にぞっこんヨ。スリスリして姉に自分の臭いつけようとしてるネ」
「え、ウソ?やめてよ、ちゃんが犬臭くなるじゃん」

言葉が分かるのか、言葉の刺に敏感なのか、定春はすぐにあたしから離れて銀時の頭に齧り付いた。
ああ流血。
慌てて定春のリードを引っ張り、あたしと神楽ちゃんの間に収まった定春は「わふっ」と心なしかすっきりした顔。

「ったく、この女たらしめ!」
「悪口言われてんのが分かるんじゃないの?」
「定春、この簪の臭い辿るアル!」
「なあ、やっぱり無理じゃねえ?」
「50年経ってるしね・・・お、定春どこ行く?」

臭いを覚えたのか、定春はすんすんと鼻先をひくつかせて歩き出した。
銀時では心もとないので、あたしが定春の手綱を握って歩く。

「ぜってージーさんの臭いしか残ってねーって」
「分からないアルヨ。綾乃さんもしかしたら体臭キツかったかもしれないアル」
「馬鹿。別嬪さんってのは理屈抜きでいい匂いがするものなの」
「理屈くらいあるだろ。女の苦労をなめんな」

「だから姉はいつも甘い匂いがしてるアルカ!?」
「なに!?そーなの?」
「お花の匂いだったり、いつもフローラルだヨ!」

「あたしのはあまり嗅がない方が良いよ。薬草調合で偶に毒素が混じってるから

「「え゛!?」」

・・・まったく、しょーもないことに食いつくな。
嘘に決まってんでしょうが。
なんで2人揃って落ち込むの。
こらこら、あからさまに距離をとるな。

・・って、あれ?定春こっちの方向は・・・。

「オイ定春!お前、家戻って来てンじゃねーか!!散歩気分かバカヤロー!!
「・・・・・え、まさか・・お登勢姐さんち?」
「・・まっさかあ・・・・」

―――・・・・・。


「「「・・・・・・・・・」」」

「お前こちとら夜の蝶だからよう。昼間は活動停止してるっつったろ。来るなら夜来いボケ」

あたしも銀も神楽ちゃんも、玄関口で煙草を吹かすお登勢さんに呆然と突っ立っている。
え、マジ?これはガチで?

「・・・・・いやいや、これはナイよな」
「ナイナイ」
「綾乃って面じゃないよなー。ははははは!」
「あはははは」

「なんで私の本名知ってんだィ?」

・・・・・・・え、マジ?

「う、うそ!」
まで。嘘ついてどうすんだィ」
「嘘つくんじゃねエェェ!ババア!!オメーが綾乃なわけねーだろ!?百歩譲っても上に「宇宙戦艦」がつくよ!!!

「おいいィィィ!!メカ扱いかァァ!!?」

銀時と姐さんの口論に、あたしは震える口を開く。
だって、こんな・・・・。

「お登勢ってのは夜の名・・・つまり源氏名よ。私の本名は寺田綾乃ってんだィ」

「あ、あたし今までずっと姐さんの本名を知らずに・・・?そんな!名前だと思っていたのが実はニックネームだったなんてっ!!」
ニックネームじゃないから。源氏名だから

「なんかやる気なくなっちゃったなあオイ」
「何嫌そうな顔してんだこらァァ!!」

プルル・・・

「――ハイ、スナックお登勢・・・なに?いるよ銀時なら」
「なによ」
「新八から電話」

打ちひしがれるあたしの傍には神楽ちゃんと定春。
うう、おまいら本当に可愛ーなあっ。
あたしは神楽ちゃんをぎゅうぎゅう抱きしめていると、銀時に引っ剥がされ、定春の背中の上に投げられた。
おうっ、背中打った!

「おぶす!ちょ、銀なに!?」
「ババア、神楽も乗れ。ジーさんがヤベェみてーだ!
「「「・・え?」」」

四者四様の思いを抱き、あたし達は定春の背に乗り病院へと向かった。

「・・・綾乃さん、あんたやっぱ・・かんざしよく似合うなァ」

――― ありがとう。

そう言って、ジーさんは息を引き取った。

危篤状態のジーさんの為、急ぎ病院に駆け込んだあたし達。
駆け込んだっつっても定春が皆を背に乗せた状態で病院の窓を破壊したけど。

ジーさんの探し人であるお登勢さん改め綾乃さんは、思い出の簪を挿し、50年ぶりの再会を果たした。
昔のふたりがどういった関係かなんて、あたし達に知る由がない。
でも、たった1本の簪によって50年越しの再会なんてロマンチックじゃないか。

入院中も看護師にセクハラを働きニヤニヤしていたジーさん、ひとりもいない家族を探すように時折庭をぼうっと見ているジーさん。
綾乃さんを見た瞬間に見た、子供が母親を見つけたような泣き出しそうなあの笑顔を初めて見た。


ちゃんだけだよ。こんな老いぼれジジイと話してくれんのは・・』
『ナースコール使って呼び出したのはジーさんでしょうが』
『なんだかんだで相手してくれんじゃねーか。ちゃんみたいなイイ子を嫁にする男ってのは幸せもんだろーなァ』
『んなことないですってー。女らしくねーってしょっちゅう言われてんですから』
『あっはっは!確かになァ』
『そこは否定せんのかい』


毎度ハタ迷惑な呼び出しを食らう。
他愛のない話をのんびり話しながら、それでもジーさんは最後には寂しそうな顔をしていた。


『・・・家族ってのはいいもんなんだろうよ』
『・・・そうですね。いーもんですよ』
『ワシがそれに気づくにゃあ遅すぎた。でもちゃんは娘みたいなもんだから、イイ人と一緒になってもらいてーよ』
『あたしみたいなじゃじゃ馬娘。普通の人じゃあもたないですよ』
『っはっはっは!!ちげーねェ!』
『だからそこは世辞でも否定しろって』


家族がいなくて何時も孤独。
偶に話す小娘がジーさんの余生の僅かな糧にでもなればと思ってた。
ジーさんの余命がないことも知ってて、知らぬふりで繰り返すあの時間は、はたから見れば偽善のようで。
でも、

「(でもあたしは、あの人に寂しく死んで欲しくなかった。ただそれだけなんだ)」

人間死ぬときは独りだ。
いつかきっと人は死ぬし、逃れられない。生まれる時間や場所を選べないのと同じ。

でも、どこで生きてどこで死ぬかは選べるから。
そして、ジーさんのそれは綾乃さんだった。
それが、少し羨ましい。

「行くぞ
「うん」

しみったれたあたしの顔を見たんだろう。銀時はあたしの手を引いて、医師や看護師に囲まれた亡者の寝台を最後にちらりと見、背を向けた。

・・・でもね、ジーさん。
あたしは誰かと一緒になれなくても、あたしが人を愛し、誰かがあたしを愛したという事実さえあれば幸せなんだ。


―――あたしが生きてきた証が、誰かの記憶にあるのなら、あたしは―――

かなり駆け足で締めくくりました。すいません。
でも、一番注目すべきはそこではなくて、ここで来て初めてシリアスで終わったんです!!(拍手)
自分で書いてて、あれ、これはしんみりと終わりそう?
という無計画さ丸出しで、結果こうなりました・・・・。orz