愛してるぜぇ!!

いつもは死んだような目をしていた男が、
このときは珍しくも瞳孔開いて自らの獲物を掠め取って行った犯人を見出さんと、仁王立ちで少年たちを見下ろしていた。


「俺が以前から買い溜めていた大量のチョコが姿を消した。食べた奴は正直に手ェ挙げろ。今なら4分の3殺しで許してやる」

「4分の3殺しってほとんど死んでんじゃないスか。それに銀さんのチョコって言ったって、大方さんのとこからちょろまかしてきたんでしょう?」
「ばっか、人聞き悪いこと言うな。あいつがなかなか食わねえから俺が貰ってやってんだよ」
「・・この前さんに会ったんですけど、先日銀さんが来てからお菓子のお得袋が消えたって言ってましたよ。明らかにあんたが犯人ですよね。いい加減にしないと予備軍から本物の糖尿になりますよ」

「またも狙われた大使館。連続爆破テロ凶行続く・・・ゲップ」

大人げない男と常識兼ねた少年の小規模な口論はすぐに消え。
彼らの視線は、静かに新聞を読んでいた(様に見せている)少女の鼻腔から垂れ落ちる赤い液体に釘付けとなった。


「「・・・・・・・・」」

本名忘れても変なあだ名はすぐ思い出す

―――そんなやり取りが上の二階で行われていることなど知る由もなく、あたしはお登勢さんに渡された買い物リストを確認していた。

「悪いね
「いいですって!お登勢姐さん起きたばっかりでしょ?あたしも職場行くのに全然余裕あるからさ」

あたしが姐さんと慕うお登勢さんは「スナックお登勢」の店長だ。
日が沈んでから暖簾を掲げるのがスナックなので、昼過ぎの今ごろがお登勢さんの行動開始する頃なのだけど。
どうやら昨晩は明け方までお店を開けていたらしい。

お登勢さんに用事のあったあたしは時間を見計らってきたつもりが、どうやらタイミングが悪かったようだ。
眠い目をこすって出迎えてくれた彼女には申し訳ない。
電話一本くらい前もってかけとけばよかった。


「だからって買い物までしなくてもいいんだよ?」
「ついでだから。あたしの新作甘納豆買い足すついで!」
「・・ったく、」

眠気覚まし指にはさんだ煙草をひとつ吸いこんで、お登勢は困ったように笑った。

「変なところで律儀だねえ。一体誰に似たんだか・・・ほら」
「え、あれ・・甘納豆・・・?」
「やるよ」

ぽいっと投げ渡されたビニール袋にはプリンと並ぶほどの好物。
しかもこのパッケージ、あたしのお気に入りブランドの一つ。
・・律儀はどっちだか。
あたしお登勢さんのこういうところすごく好きだ!
お父さんの次に。ファザコン言うない。


「お登勢さん!ありが―――っ姐さん!!」


―――がっしゃああぁぁん!!!

エンジン音が不自然にこちらに近づいてくることに逸早く気がついたあたしは、反射的に彼女を引っ張って飛び散る玄関のガラス片から庇っていた。

衝撃が治まるのを聴覚で確認し、そっと後ろを振り返ると、なんと壁に穴が・・・。


「なっ、こ、このっ――!!」

「姐さん?」

お登勢さんが小さく息をのんで、あたしはさり気なく彼女に怪我がない確認する。
うん。大丈夫かな。

いつも通りの黒い着物を着ているから、傷があるかどうかはぱっと見じゃあ分かりにくいけど・・・・。
事故の原因かと思われる男の元へと飛び込んでいくくらいの元気があるなら大丈夫だろう。多分。

何しろ、それはさながら獲物見つけたイノシシの様だった・・・。


くるあぁぁぁぁぁ!!!ワレエエェェェ!!!!

お登勢さんが勢いに任せてはっ倒した戸に近づく。
あーあ、壁に穴どころか亀裂まで、業者呼ばないとだめだ。
当分、隙間風に悩まされるかもな。

外には騒ぎを聞きつけた野次馬が現在進行形で集まって来てる。
注目の的は専ら、メット被ったままの男にマウントポジションで胸倉引っ掴んでるお登勢さんだ。

事故った男の方は当たり所が悪かったのか抵抗が薄い。
それでも追い打ちを掛けんと拳を握るお登勢さんはある意味鬼だ。


「死ぬ覚悟できてんだろーなテメエェェ!!」
「す、スンマセン昨日からあんまり寝てなくて・・・」
「よっしゃ!!今永遠に眠らしたらぁ!!!」

「お登勢さん怪我人相手にそんな!!」

興奮状態のお登勢の拳が男のドタマかち割らんとした刹那、それを制したのは二階から急ぎ降りて来ていた新八だった。
あれ、ぱっつぁん来てたんだ。
にしても正義の味方の様なタイミングだ。
さすがメガネかけてるやつは違う(意味不明)

「止めんじゃないよ!あたしゃあの仇取らなきゃなんねーんンだっ!!」
「え、さんがっ?なら許可します

「許可すんな阿呆。あたしを勝手に殺さないで。っつか姐さんは、あたしをダシにしてマーダーライセンス発動しない」
「あれさん!?大丈夫ですか?」

店から倒れたスクーターを跨いで出て来たあたしを見て、新八はほっとした様に肩を落とした。

うん、純粋に心配してくれたんだな。
まともな思考を持っている新八に安心していると、人垣を分けて銀時と神楽が現れた。
まあ、二階に住んでいるんだからあの音に気がつかないわけがない。

「よお大丈夫か?」
姉!怪我ないアルか?!」
「ヘーキヘーキ。店に穴があいただけだから」

神楽があたしの腰に腕をまわして様子を窺う。
ああ、美少女の上目遣い、癒しだ。

一軒家の住人が集まったところで無事を確認し、次に事故の原因となった男を見下ろす。
お登勢の襲撃からようやく逃れたようだが、それでも当たり所が悪かったのか地面に転がり顔をゆがめて辛そうだ。
新八がすぐに具合を見るが、見た目通りあまり良くない。

「こりゃひどいや。神楽ちゃん救急車呼んで」
「救急車ァァアア!!」

「誰がそんな原始的な呼び方しろっつったよ」
「神楽ちゃん違うよ。ここは『火事だあー!!』が正解」
「んなわけあるか。おしいどころか掠りもしねーよ」

「あるんだよ銀。火事だと思えば消防車も救急車もついでに警察も誰かしら呼ぼうかなって思うでしょ」
「ナルホド!」
「関心すんな。んなことする暇あるなら自分で呼べや。つかお前医者だろーが」
「医者じゃねー薬師だ」

怪我人ほったらかして自分の知識を披露してたら、主に銀時に呆れられた。
なんかムッとしたぞ。
それでも医学には通じているわけだから一応診るけど。
危うくお登勢さんが怪我する原因だけど、一応診るよ。

「飛脚かアンタ。届け物エライ事になってんぞ」
「届け物はどうでもいいから、うちの玄関弁償してくれよ。危うくまで怪我するところだったんだよ」
「玄関だけで済んだんですから、まだマシですよ」
「そうヨ!姉にかすり傷でもついてたら今ごろ私の拳がモノを言わせてたネ!!」

これから診ようとしているおっさんに対して、なかなかシュールな反応を示す女性陣。
新八はともかく銀時がまともに聞こえる当たりがすごい。

飛脚ってことは、もしかしたらあたし宛の手紙があったりするのかな。
あたしがしゃがみ込んでおっさんの様子を診ようとすると、目の前にひとつの小包みを突き付けられた。

「え、・・何?」

それから数十分後、
あたしは万事屋一同と一緒に天人の大使館の門前に立っていた。

代表は坂田選手。
その手には先程あたしに突き付けられた小包みがある。
大きさや形を例えるなら結構分厚い本といったところか。
無地の包装紙に包まれていて中は分からないけれど、思ったより重くなかった。

さんまで、態々付いてくることなかったんじゃないですか?」
「や、買い物のついでだし・・・。荷物預けられたのあたしだし?」

あたしにこの郵便物を託したおっさんは、たまたま目の前にいたあたしにこれを押し付けて気絶した。
「届けてください。お願いします」と言い逃げされた。

断片的な話を聞くにどうやら重要な物らしいが、宛先の住所だけで宛名も差出人の名前も分からない。
ぶっちゃけめちゃくちゃ怪しい。
しかも住所を辿っていけば―――。

「ここで合ってんだよな?」
「うん」
「大使館・・・ここ戌威(いぬい)星の大使館ですよ」
「・・・・銀、さっさとそれ渡して帰ろう」

なんだろコレ。
さっきから嫌な予感しかないんですけど・・・。
いや、そもそも嫌な予感がしたから、わざわざあたしも付いて来たワケだけど。
お登勢さんのお使い断ってまで来たワケだけど!


「戌威族って言ったら地球に最初に来た天人ですよね?」
「ああ、江戸城に大砲ブチ込んで無理矢理開国しちまった、おっかねー奴らだよ」
「・・・あぁー・・もうだめ。イライラっていうかむずむずっていうか。帰りたい。銀帰ろう。今すぐ帰ろう」
「なんだ大丈夫か?気分悪ぃなら病院行く?」
「顔色良くないネ。やっぱりあのおっさん一発殴っとくべきだったアル!」
「神楽ちゃん。神楽ちゃんの一発は本当に昇天しちゃうから、程々にしときなよ」

や、新八君、注意するところが微妙にずれてる。

なんだかんだで、あたしのイライラを気遣って皆が声を掛けてくれる。
ありがたいんだけど、あたしの頭の中ではさらにぐるぐるといろんな単語が回ってる。


大使館・小包み・事故った飛脚・最近のテロ・爆破テロ・狙われた大使館・戌威星大使館・地球侵略最初の天人・じょうい・・・・

うああああぁぁぁっ!!?


気のせいであってほしい。
ってかこれってもしかしてガチか?
いやいやいや、そんな確率的にあり得ないって。
ってか、そもそも怪しいから彼らについてきたわけで、もうあたしの第6感は確定しちゃってる?
確定しちゃってるよねコレェ!!??

「こんな所で何やってんだてめーら。食われてーのか、アア??」

あたしの不安を助長させる生き物がやってきた。
名前の通り厳ついイヌというより狼みたいな面相が二足歩行している。
しかもデカイ。
銀もこの中じゃあ一番背が高いが、それよりひと回りもふた回りも大きいんじゃないか?

衛兵や門番の類らしく、鎧を纏い手には棍が握られている。

「いや・・・僕ら届け物頼まれただけで・・・」
「オラ神楽。も病院に届けなきゃなんねーから、さっさと渡・・・」

「チッチッチッ。おいでワンちゃん。酢昆布あげるヨ」

 ス パ ン ッ


戌威族の容姿に調子を良くした神楽は、野良犬を冷やかすようなお約束をかまし、容赦なく頭に銀時の平手を食らった。
ナイス突っ込み。


「届け物が来るなんて話聞いてねーな」
「・・・・・・(ですよねぇ)」

「最近はただでさえ爆弾テロ警戒して厳戒態勢なんだ」
「・・・・・・(・・ですよねぇっ?)」

「ドックフードかもしんねーぞ。貰っとけって」
食うかそんなもん

天人の容姿に何かしらの反応を見せる二人よりも、銀時の無気力なテンションはそのままだ。
しかし銀時が手渡そうとする小包は、容赦なく払った戌威族の門番によって高く宙を舞い。

なぜが門の上も越えてあたし達から結構離れたところに落ち―――。


――― ド カ ン !!!


・・・・・・・・・・。

あーあ。なんで、こう、嫌な予感ばっかり・・・。


「「「「「・・・・・・・・・」」」」」

あたし達が渡すはずだった小包は、戌威星大使館敷地内で前触れもなく爆発した。

そりゃあもう景気よく。
門番が弾き飛ばさなかったら、明らかにあたし達死んでんじゃね?
つか木端微塵じゃね?ってくらい気前よく火薬が詰まっていたようで・・・。

だって、爆風で門が開くどころか壊れたもんっ。
ひしゃげたもんっ!

「・・・なんかよくわかんねーけど。するべきことはよく分かるよ」

あまりにもあんまりな状況で、銀時の声は耳に良く響いた。
なによりもあたしだって同じこと考えてた―――。


『逃げろおォォ!!!』
「待てェェテロリストォォ!!!」




言われなくても逃げるよ!待てと言われて誰が待つかっ!!

スタートダッシュはきっとあたしが一番早い。
足の速さには自信がある!!


「新八ィィ!てめっどういうつもりだ!!離しやがれっ!!抜ける!腕が抜けるからっ!!!」
「嫌だ!!ひとりで捕まるのはっ!!脱臼してもぜってー離すもんかァァ!!!」
「「俺のことは構わず行け」とか言えねーのかお前!?あででででっ!?あれ?ホントに抜けるかも!!?」
「私に構わず逝って二人とも!!私は姉と末長く暮らすアル!!」
「ふざけんなどうせ飯目当てだろーが!?お前も道連れだっ!!つかはどこ行った!!??」


不毛な言い争いが耳に届いてしまったので後ろを振り返ると―――
あ、見なきゃよかった。

一言で言えば電信柱。
門番が新八君の腕を掴み、新八君が銀の腕を掴み、銀が神楽ちゃんの腕を掴みと力の限りお互いの足を引っ張っている。

逃げるのが一瞬遅かったら、あたしもあの中に加わっていたと思うとぞっとしない。
あ、鳥肌。

姉助けて!!私道連れされるの嫌アル!!」
「いつの間におめーそんなに遠くまで逃げてんだよ!?」
「や、本能で・・」
「ぬわあぁぁ!!ワン公いっぱい来た!!?」

本能的にここまで距離を置いたけど・・。
とりあえず神楽ちゃんに助けを求められちゃあしょうがない。
ここはあたしも捕まって真撰組の知り合いに口利きでもすべき・・・?

「・・・ん?」

脳裏に知り合いの顔を並べていたが、ふと視界の端にひとつの影が立ちあがった。
笠を被った有髪僧だ。
当たり前の様に門扉横に座り込んでいたから気にしてなかったけど。

爆破が起こっても逃げなかった僧は、錫杖を手にすらりと立ちあがると、ひょいと跳躍。
警備で駆けつけていた戌威族の頭を足場にし、ついでに足蹴にして昏倒させた。

「ぼっ!?」
「ぶぁ!」
「ぐぉっ!」
「げう!!」

ほとんどの生き物の弱点といえる頭部を足蹴にするというエグイ戦法をとった有髪僧は、華麗に銀時たちの目の前に着地する。
シャランと錫杖を鳴らし、笠を持ち上げた僧は女性的な整った容姿をしていた。

あれ、坊さんでなく尼さん?

「逃げるぞ銀時」

訂正。声は完ぺき男だ。
ぶっちゃけいい声だ。

銀時を名指ししているあたり知り合いだろうけど・・
「ヅラじゃない桂だあぁ!!」あ、殴った!
こっからだとそれなりに距離があるから、彼らの声を全部は聞き取りにくい。
まあ、容赦なく銀を殴り飛ばすくらいだから、あれだ、きっと男の友情みたいなやつだ。
どういうもんか知らんけど。

どうでもいいことをボケっと見ていたあたしは、万事屋3人と美声坊主がこちらに向かって走ってくるのに気づく。
え、なんでこっち来る?
先頭切る坊さんは何故かあたしの方へと迷わず突っ込んでいき―――は?
え、なんで??

「な、ちょ、まっ・・げふっ!!?」

ぶつからない様に体を横にずらしたにも関わらず、
坊さん迷わずあたしにタックルかまし・・たと思ったら、その勢いのままあたしを担ぎ上げて独走。
あたしは天地が逆転。

なんだコレ?ありえねえ!?
視界いっぱいに広がるのはくすんだ茶色の袈裟。
身じろぎしても中々動けないのは、腰をがっちりホールドされているからだけど、ちょ、なんか肩食いこんで腹イタイ。

「なんでこんな目に・・・」
「動くな。振り落とされたくなかったら大人しくしていろ」
「振り落としていいから解放してくれ」

近くで聞いてもなかなかいい声だったのでちょっとびっくりましした。
また聞きたいです。
あれ、作文?感想文?

桂小太郎登場編前編です。
お登勢さんは友達っつーより「姐さん」です。
桂さんの声は嬢のストライクだったようですね(汗)
後半へ続きます