冷蔵庫の中を確認した。
・・・・ああ、うん。
まあ、予想したとおりだ。
全く嬉しくないことにまともな物が収納されていない冷蔵庫を見て、僕、志村新八は呆れ半分諦め半分にため息をついた。
自分と姉を巻き込んだとある事件をきっかけに通いはじめた『万事屋銀ちゃん』。
まともに給料も出さない店主と、まともにやってこない依頼のせいで日々をどう食いつないでいくかという状態である。
しかも最近になってもう一人住人が増えた。
大食らいのチャイナ娘。
「やばい」
心の声だって外側へ出てきたくもなる。
ぐーるるるる〜 ぐきゅうううう〜
地を這うような声に応えるのは、リビングから聞こえてくるチャイナ娘の腹の音。
「新八ぃ〜。ご飯もうないアルか?」なんて現状を理解していないのか、分かっていてあえて聞いているのか。
「銀さんホント、どうするんですか?マジでヤバいですよ・・。神楽ちゃんがこの前炊飯器を丸々掻き込んでからお登勢さんからはしばらく来るなって締め出されましたし。僕の姉上だって家の道場支えるので精いっぱいで、援護射撃も頼めませんし・・・・」
もうここまで来たら内臓的な物を売るとか、そんな話が出てきそうだ。
大家のお登勢と銀時の口論の中(ほとんどが家賃に関する内容)でも、さらっとそういったネタが飛び出てくるのだから油断はできない。
リビングのソファで無気力にだらけている店主は、空腹の所為かぼんやりした視線をさまよせてから上体を起こした。
「・・・しゃあねえな。おい、お前ら出かける準備しろー」
「な、なんですか?まさか、売る気か!?内臓的な物を売る気かあ!!?」
一瞬にして血の気が引いた。
傍で聞いていた神楽は、まるで自分は関係ないとばかりにこちらに向かって合掌。
って生贄か!?僕はお前らの生きる糧にするための生贄かオイィ!!??
「ううう売るなら銀さんの方がいいんじゃないですかねえっ!?糖分ばっか取ってても僕より体でかいんですからっ!!」
「体格関係ねーだろ!・・ちっげーよ。知り合いんとこだよ。あいつの所ならなんとかなるだろ」
「いやだあああ・・・・って、え?あいつ?」
相変わらずの死んだ魚の様な目の男の後を恐々付いて行った先には―――大きな平屋の家。
そこに現れたのは、緩く波打つ黒髪と碧玉をはめ込んだような碧眼が印象的な女の人、だった。
「あ、プリン。新しいのだー」
24時間営業のコンビニ。
保冷の陳列棚にいつもはないパッケージを見つけて、自然と口元に笑みがこぼれる。
今日のデザートはこれだ!と、一にもなく手を伸ばした。
今は夜ですこんばんわ。
甘納豆とプリンの食べ比べが趣味のです。
無事に病院での仕事が終わって、真撰組にも少しだけ顔を出しての帰り。
春過ぎだからって夜はまだまだ冷える。
そういえば、この季節変質者もまだうろついているらしいって近藤さんがぼやいてたなあ。
この前貰った刀のカタログまだあったっけ?
護身用とか脅し用に持つべきか?
・・・廃刀令違反で捕まるな。やめよ。
晩御飯どうしよう。
あ、ポトフが残ってるからルー入れてカレーにしよ。
オーソドックス万歳!お米は・・・今度買い足しとかないと。
毎日がこのくらい単調で平穏だったら文句ないんだけどなあ。
なんていろいろ脳内雑談と会議をしていると、ようやく家の屋根が見えてきた。
ああ、今日は一日平穏で幸せだ。
平凡万歳!
シメにお風呂入ればなおよし!
「ただい・・・・すいません、ちょっと間違えました。出直してきます」
「ちょっとちょっとちょおおーっと!?待てこらおい!」
門扉を潜る直前になってあたしは何も考えずに体を180度方向転換させた。
あれれ、おかしいなあ幻覚が見える。
万年金欠グータラ銀髪天然パーマ坂田銀時の幻覚が見えるよ。
ヤバいなあ、あの時あいつに撥ねられてから脳内侵されちゃったのかなぁ。
ヤバいなあ、何がヤバいかっていうとマジヤバい。
だってあたしの肩に手を置いて進行方向を妨害してんだよこいつ。
なんなのこいつ。
ほんとなんなの?
「こらこらこら。敵前逃亡も現実逃避もしないでくんない?」
「分かってんじゃない。あんたはあたしの敵ってことで、ささっと退散するわ。さようなら」
「待ちなさいって!」
うるせーなー馴れ馴れしく触んな。
底冷えするような冷たい視線で銀時の引きつった笑顔を睨みつけた。
「何しに来た?事と次第によっては毛根引き抜くぞ」
「俺の毛根かんけーねーだろ。んなカリカリすんなって。可愛い顔が台無しよ?」
「・・・・・・・誰の所為だと」
もともと背の高い銀時と小柄なあたしの睨み合う図というのは、ある意味異様な光景だ。
銀時がこんな時間に家にふらっと現れることで、いい思いをしたことがほっとんどない。
金欠に苦しむことの多いこの男が家に来るのは大抵ご飯をせびりに来るためだ。
さらに悪いことに、今回はコブふたつ。
余計な者を連れて。
「あたしの平穏返せコノヤロー。どうせまたご飯目当てに来たんだろう。今回は子連れ狼ですか?子供の面倒見切れないなら無責任な種付けは止すんだな」
「ちょっ!ちゃん!?なんか激しく誤解してない?!!いや、ご飯は本当だけど!ガキじゃねーから。こいつらうちの従業員なの!!分かる??俺のガキじゃなくって部下!部下なのっ!!!」
「うるさいなあ。静かにしてよ。近所迷惑だよ。ホントやんなるわー」
「だーかーら!なんでこっちがヒートアップすると、ちゃん急激にテンション下げちゃうんだよっ。ついてけねーよ」
「付いて来て欲しくない。こっち来ないで。やだ臭いが移る」
「反抗期か!?お父さんが入ったお風呂一緒に入りたくない年頃かコノヤロー!つか、臭いってなに!?」
―――それから数分。
あたしの疫病神銀ちゃんは、仕事の依頼が来ないせいで食べるものもなく、内臓をお金にするわけにもいかないので食の当てであるあたしの家を訪ねてきた・・・らしい。
糖尿予備軍の腎臓売ってくれるならいっそ一個くらいくれてやればいいのに。
この話が終わるまで、あたしは頑として彼らを玄関から先へは通さなかった。
だって、入れたら最後。
銀時は勝手知ったるなんとやらを最大限に発揮して、あたしより早く冷蔵庫に飛びつくからだ。
ひとり暮らしには広い家だから、迷路のような構造で迷ってくれればよし。
しかし、空腹の所為でイラついて部屋の壁に大穴開けて、直通の通路を作成されたらたまらない。
こいつはやりかねない。
「・・・・事情は把握した・・というかいつも通りにプラスアルファってところか」
不機嫌を絵に描いたようにあたしは玄関前に仁王立ち。
飯にありつきたいならならあたしの屍を超え・・・じゃなくて了解を得てから通れ。
「あの、銀さん。この人は一体誰・・・?ていうか、助けてもらいに来たのにこれだけ嫌われてるって、あんたこの人に何したんですか」
「徹底的に拒否られてるネ。銀ちゃんホントに何したアルか?あれか、元ヒモか?」
「良く見てるじゃないかメガネ少年!そしてチャイナ娘、失礼なこと言わない!それはこの男がストレートヘアーになって糖分を全力で拒否する位あり得ないから。そんな関係ならあたし憤死してる。今ごろ墓の中だ」
「・・メガネ少年って・・え、僕のことですか?」
「銀ちゃんがストパーで甘いものを嫌いに・・・そか、それは悪かったネ。私でも流石に嫌アル」
「お前ら俺をなんだと思ってんのォォ!?新八ぃお前、銀さんの心を傷つけた罪で俺に謝れ」
「なんでだよおぉ!??根本的な原因が開き直んなァァ!!」
夜も更けているのにあたしの玄関前は煩い。
結局、近所のおばさん(通称:3丁目の秩序・園城寺さん)が仲裁に入るまで止まらなかった。
―――・・・
「あのお、すいません、さっきの人って人間ですか?なんか頭異様にデカかったんですけど・・・」
「馬鹿ヤロー。どう見たってありゃ天人だ。4頭身だったんだぞ。カツラ取れば角生えてるってアレ絶対そうだよ」
「あれは絶対湯○婆ヨ。私初めて見たアル!」
ご近所さんの不評(園城寺のおばさん)をこれ以上避けるため、あたしは嫌々仕方なく玄関のカギを開ける羽目になった。
結局こうなるんだチキショウ!
しかも当たり前のようにぞろぞろ入ってくるし!
こうなるから嫌なんだっ!
「お邪魔します」ってメガネ少年だけ言って、天パとチャイナは堂々と家の敷居を跨ぎやがった。
そのふてぶてしさ、ちょっとイラッときたアル。
あ、チャイナうつった。
「(あ、ルーがちょっと少ない・・・ま、いいや)」
もうテレビまでつけてくつろぎ体勢の銀時には何も言うまい。
こいつには前回の恨みからご飯と福神漬けで凌いでもらおう。
だってカレールーも残りのポトフも足りないし。
いや、そもそもここにイレギュラーが来ること自体が想定外だし。
お米・・・明日買おう。
明日は園城寺さんに挨拶がてら謝っとかないとな。
あの人見た目通りに小うるさいから。
「あの人は園城寺さんって言うんだよ。通称「3丁目の秩序」つって、この近辺を仕切ってるつもりらしい」
「マジでか!お前んち何度か来てっけどあんな湯○婆見たことねーぞ?」
「偉そうに秩序って言われてる割にはボロアパートから出てきたアル。ビンボーでガリ勉な冴えない優等生みたいな立場ヨきっと」
「あの、どこをどう突っ込んでいいのか迷うんですけど・・・そもそも「つもり」って、なんかイタイ人なんですか?」
「そうだよ。だってこの辺仕切ってんのあたしだもん。回覧板はあたしが最初に見るもん」
「「「マジでか」」」
なんだか普通に会話してるけど、あたしメガネとチャイナの名前さえ知らないんだよな。
万事屋の従業員ってらしいからとんだモノ好きだとは思うけど。
会話を聞く限り、こいつらに上下関係はないな。
絶対ない。
むしろ銀時が言い負かされ・・・てないか。
ボケとツッコミ(主にメガネ少年)が上手い具合に共存してる。
良かったな銀。
ツッコミを置くことで、あんたも依頼人に要らん喧嘩売ることもないだろうよ。
あんたの一言も二言も多い本音がどれだけの人の心を削っているか知ればいいよ。
「というわけで、働かざる者は庭に宙吊り。他人が食事するのを逆さまの視点で、且つひもじい思いで見る刑を執行する」
「なに唐突に。その古典的な割にものすごく嫌な刑?」
「文句言うなら働け―。本日の献立はカレー。良き功績を立てた者には福神漬けを3倍贈与しよう」
「「マジでか」」
「ちっちゃいからね銀さん神楽ちゃん!!3倍とか言ってるけど、カレーに添えられる福神漬けがどの程度か分かってんの、あんたらはっ!!!」
「ちなみに可愛いそこのチャイナ!あんたはさま特権「可愛い子には贔屓すべし」を行使して、あたしと共に台所に立つ事を許す」
「きゃっほう!!」
「「なんだそりゃああぁぁ!!!」」
だって可愛いんだもん。
銀はむさいし、メガネはメガネだし。
可愛い存在は率先して愛でるのがあたしのモットーよ。
「やめた方がいいですって!ご飯出来る前から、神楽ちゃんの前に食べ物は見せない方がいいですよ!?」
「そうだやめとけって。おめ―こいつがどんだけ食うか知らね―だろ?台所に連れてったら最後、調味料以外全部食いつくさゥブフォッ!!」
「なんか言ったカ?」
「へぇー・・・・、そんな大食漢って黙ってあたしのところに連れてきたんだね〜。ふう〜ん?」
自分の頬が引きつるのが分かった。
銀時が馬鹿なことを口走るのは知っているが、連れてきた少年が焦っているのが事実だろうと思わせた。
つまり、このあたしから食べ物たかるだけでなく、いいように利用しようってわけだ。
「ご飯足りないから今日は我慢して」なんておなかを空かせた子供には酷だ。
自分の分だけしっかり食って後はあたしからしぼりとろうと・・・。
「神楽ちゃん、だったか。君ご飯を何合くらい食べる?」
「私いっぱい食べるヨ。お釜のご飯丸々1杯軽いアル」
「・・・ふむ」
「あの、銀さん僕今すごく嫌な予感がするんですけど・・・」
「奇遇だね新八君。俺もそんな気がしてきた」
後ろで見当通りの心配する声が聞こえてきたが、あたしの頭の中はカレーの量と冷蔵庫にある作り置きの量を計算している。
お弁当に使うつもりで残しておいた金平とかお登勢姐さんに教えてもらって作ってみた煮付けとか。
ああ、でも、やっぱり足りないだろうなあ。
「やっぱりここは生贄を出すべきだなあ」
ぼそりと。
呟いたあたしはその照準を銀時に定めた。
顔色見れば青筋立てて口元も引きつっている。
対するあたしはきっと「いい笑顔」をしているに違いない。
だって、前にあたしを轢いた男にようやく復讐のチャンスが来たんだ。
それを逃すなんてあり得ない。
「そういえば銀。あたしを轢き殺しかけてからその後はどう?なんかおいしいもの食べた?」
「や、あの・・」
「あんたの金欠を考えて示談金は許してやったけど、気が変わった」
ヒュッ! ドスッ!!
「焦んなよお。話はまだ終わってねーぞ??」
「・・・」
銀時の後ろは壁。
逃げようとした銀時より早く顔面真横に中華包丁を投げて突き立て。
恐怖で石化したところにぐっと顔を近づけ胸倉つかんで詰め寄る。
異性とこれだけ接近していることはほとんどないが気にならない。
なんたって野生動物が獲物を前にしたような興奮状態だ。
「あたしの身も心も傷付けた上、都合良く飯たかるっつーのはお門違いだとは思わねーか?ん?」
「・・・あの、お譲さん落ち着こう。話せばわか」
「話して分かるなら、もっと前にあたし達は和解してたとは、思わない?」
「ハイ、その通りデス・・・」
「つーわけで、あんた私(死)刑だから」
「って、いやいやいや!!ちょ、ちょっと待てホントその伏せ字が可笑し・・っ!その包丁でなにす・・・まてまてまってぇェェ!!??はなせばわかってぎゃああああぁぁああぁあぁぁ!!!!!!!」
それから起こったことをあたしの後ろで眺めていた少年は語る。
『あれは堕落した人間の末路だった』と。
そして少女は語る。
『懐の広い人間を怒らせる事がどれだけ恐ろしいのかを学んだアルヨ』と。