「人の死の上に立っている自分が嫌になる?」
横になった布団の上であたしを見上げてくる男。
そいつの枕元に正座して、あたしは生気の乏しい瞳を睨みつけてやった。
吐き捨てる様に言ったあたしの顔を、男はそれはもうスカイフィッシュを目撃したかのように目を丸くした。
それほどまでにあたしの言葉はストレートで、男の気に触れるものだったのだろう。
「他人の命は他人のもの。もちろんあんたの命はあんたのものだ。どこでのたれ死のうが、殺されようがなるようにしかならない」
「・・・・・」
「でもね、自分から生き続けることをやめるなんて思わないでよ。侍のくせに心まで殺すなんて、あたしが許さないんだから」
「・・おまえ・・・」
「あんたがどこの誰だろうとなんだっていい。怪我して飢えたあんたがたまたま目の前にいただけ、だから助ける。自分の命について考える暇があるなら、あんたはあんたの出来ることをしなさい」
だから死んでったあんたの大切な人たちの為に、例え糧にしても、血反吐吐いてもあんたは生きなさい、と。
疲れ果ててやつれた表情の男の目がハッとした様に見開かれ、次には泣くことを耐えるように細められた。
あたしはこの男の名前を知らない。
いや、あたしだけじゃない。男を助け家まで引きずってあたしに治療を頼んできた老女さえ、きっと知らない。
それでも彼が、お登勢を護ると彼女の死んだ夫の墓前に誓ったのなら、この男にはその資格を持てる程に真っ直ぐ生きていって欲しいのだ。
「護れない約束なんてすんな。天然パーマのくせに約束も守れないんじゃあ格好付かないでしょう?」
止めとばかりに、不敵にニヤリと笑ってやる。
もしもあんたが自らの誓いを違えたなら、その時にはあたしが直々に天誅下してやると言わんばかりに。
あたしの友達を傷つける罪はでかいんだから。
「・・余計な御世話だっつーの。俺ぁ律儀と誠実さで出来てんのよ?それこそ約束は死んでも守るし、ついでに可愛くねー目の前の小娘も面倒見てやらぁ」
じとりとした先程までの暗い雰囲気は一変し、少し不貞腐れた雰囲気の男は何故かいやらしくニタァリと口元を緩ませて挑発的に言い放った。
切り替えが早いのはいいことだけど、だらしなく下がった目尻とか締りのない口元に、一瞬にしてあたしのテンションが急降下した。
そのニタァリとした笑みが生理的にあまりにも不愉快だったあたしは、
名も知らぬ男の口をこじ開け、無理やり激苦の栄養剤(とろみがついてて舌に残る苦さは倍増)を突っ込んだのだった。
―――それから数年後―――
あたしは現在地面の上で寝転がっている。
具体的に言うと、往来のど真ん中、四肢を投げ出した状態で、ぶっ倒れている状態だ。
体だるい。世界がゆらゆら揺れてる。
うえ、気持ち悪。
気分は絶賛降下中。
いきなり視界の中に飛び込んで来たくるくるパーマの男が妙に血相かえた顔で、こっちを見下ろしてくる。
なにこいつ。ガン飛ばしてんの?心配するなら助け起こせ。
そもそもなんで、あたしこんなところで寝転がってんの?
・・んで、目の前の男は坂田銀時・・・だよね?
何年か前にお登勢さんが拾って、あたしが介抱した男だった。
「銀・・ちょっと、聞いてい・・?」
「お、おう。、大丈夫・・か?」
不機嫌度数マックスで妙にドスのきいた声が出た。
あたたたた。頭イタイ。
あたしは半ば無意識に銀時の着物の裾を引っ掴み、青筋立った男をすうっと目を細め睨みつけた。
目つき悪い?
生まれつきだよ。
それにあたしの直感が継げるんだ。
こいつは放しちゃいけない。
だってこの天パ、あたしが捕まえた途端急に逃げ腰になったんだよ。青筋に更に汗まで掻いちゃってさ。
絶対冷や汗だよアレ。
「大丈夫に、見える?」
「ああ、お前さん至って健康だ。なんかもう生命力溢れてるって感じ。特に俺に注がれるあっつい視線とか、殺気混じりでなんか銀さん射殺されそうっつーか。そういうわけでおめーは怪我ひとつしてませんから頭から血も流してないから放してくださいお願いしますうぅぅ!!!」
「そう、あたし流血してんだ」
「・・俺の馬鹿アアァァァッ!!」
ああ、だから額にどろっとした不快感があるんだ。
しかも視線を巡らせて見ると倒れた原チャリが・・・って、ああ思い出した!
あたし轢かれたんだ。
うっわ、最悪。
自分の運の悪さが最悪。
なによりあたしを轢きやがったこの銀パが最悪。
このまま死んだら毛根死滅させてから呪い殺してやる。
神様ーこいつに今すぐ隕石落としてくださーい!出来れば毛根と急所を重点的にー!
「おいおいおいおい聞こえてっぞ!?頭から血い流したホラー顔で呪いの言葉並べないで!!?しかも毛根死滅とか笑えねーからさあアァァ!!?やめてくんない?ねえ、やめてくんない?!マジで!!」
どうやら、心の声が漏れ聞こえだったようだ。
つか、ホラー顔ってなんだオイ。
頭抱えて悲観する男は今にも泣きそうだ。
いや、泣いてないけど。
呪詛が怖いの?あたしの顔が怖いのどっちだコラ。
「あーもーいいよ。だるいしめんどくさい・・」
「あれ、何この急激なテンションの低さ。俺の心配何だったの。返してくんない?擦り切れた銀さんの繊細なハートを返してくんない?あーあ、こっちまでクールダウンだわーコノヤロー」
「あんたの心配はあたしを轢いたこと?自分の毛根か?どうでもいいからさっさと病院連れてけ。ちなみにあんたがあたしに仕出かしたこと、しっかり覚えたからね。警察に通報するも死んで化けるも、あんたの行動次第だから」
「そこまで舌回るならなんとかなるって。お前、それ、血じゃなくてトマトだろ。じゃなけりゃ苺だ。元気百倍じゃね?」
「(てめぇコラ、あんまふざけてっとお前のピーをピーピーしてピーーーーってひねって潰してピーーーすっぞ。アア??)」
「・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・』
馬鹿な冗談は嫌いだと。
睨み据えたままで(視線と言う名の電波で)脅してやれば、ようやく男はあたしを抱えてこの場から電光石火のごとく駆けだしたのだった。
え、なんで救急車呼ばない?
―――所変わってここは病院。
結局あたしの診断結果はと言うと、頭を一寸切ったのと、脳震盪起こしていたらしくてしばらく安静にするようにと馴染みの医者に言われた。
「ツバつけて絆創膏貼っとけば傷も塞がんだろ。あとは時間が何とかしてくれるだろうよ」
「命の恩人を撥ねた上に、そくもまあしゃあしゃあとんなセリフがいえたな。訴えるからな。時間じゃ埋めることもできない、あたしのハートをキズものにした罪で牢獄にぶち込んでやる。銀なんか牢屋のよどんだ空気で窒息死すればいいよ」
こいつの目にはフィルターがかかっているようで、あたしの頭に巻かれた包帯は見えないらしい。
治療費ないからって自宅へ連行されそうになるし。
絆創膏で治療たあ、医学齧ってるあたしを嘗めてんじゃあないですかね。
いや、この男はいつだって社会生活からなにまで嘗め腐ってるけどねっ!!
「悪かったって言ってんだろー?いいじゃねえか生きてんだしよ。今度パフェ御馳走してやるから、な?」
「「な?」じゃねーよ。言ってんだろうって、そもそも謝罪の言葉を一度も聞いてないんだけど」
「あら、そーだっけ」
「・・銀、あんた自分が悪いなんて思ってないだろ?オイ、目ぇ逸らすな。・・・・・・・・分かった、スペシャルジャンボパフェ(定価1020円)をこれから毎日御馳走してく」
「すいませんっしたあアアァァぁ!!!!」
真っ白なベッドに背凭れるあたしは、床で土下座した男に心底呆れて深くため息をついたのだった。
金欠に付け込んで脅さないと謝らないとは、本当に情けないな。
「別にね、怒ってるわけじゃないのよ。あんたが人間としてダメなのは今更だからね。傷も残らないって話だし、明日の仕事にも支障ないし」
「おいおい。明日くらいゆっくり休めよ。頭打ってんだから。次の日にはその一言多い悪いお口もお淑やかになってるかもしれないだろ。ついでにはねられた時の記憶も消してくれると助かるわ。・・なんて思ってません、はいすいませんごめんなさい!!頼むから切っ先鋭い簪構えるのやめてください、この凶暴女っ!!!」
「ほんと、人をイライラさせる天才だわあんた」
―――その後、数分間毒づくだけ毒づいて、銀時を追いだした。
個室を貰ったのに廊下まで口論が響いていたようで、煩いと苦情と説教を頂き、婦長直々に銀時の首根っこ引っ掴んで退出したのだ。
放せババア!マウンテンゴリラ!!とか最後まで扉に齧り付いてたけど・・・・あーあ。
人のコンプレックス刺激するから医療関係者にまでラリアット喰らうんだよ。ばかだなー。
なんて、あたし自身が失礼なことを考えてるなんて気づきません。
煩いのがようやくいなくなって、読書をしながら時間を潰す。
銀時の懐から奪っ・・拝借したジャンプ(今日発売)を読む。
というか手元にそれしかないから読んでるだけで、実のところあたしが欲しいのは新聞に掲載してるクロスワードパズルだったりする。
もしくはマガジン。
「ふぁ〜あ。ねっむいー。ひまー」
「大口開けて欠伸たぁ、相変わらず色気のねえ女だな」
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら声のした方を見ると、見慣れた面子が3人並んでいた。
仕事の一環で定期的に彼らとは顔を合わせているのだが、場所が違うだけでかなり印象が違うなあと呑気に考えてみる。
真っ先に、あたしの傍の椅子に腰を下ろしたのは彼らの中でも地位的に一番偉いゴリラ・・ではなく真撰組の近藤勲局長だった。
「ちゃんスクーターに撥ねられたんだって?頭大丈夫かい?」
「・・・ええ、まあ。大丈夫と言っときますけどね。近藤さん、そういう言い回しは誤解を生むんでやめてください」
頭大丈夫ですか近藤さん。
せめて「頭の傷は」というフレーズで言って欲しかった。
でも一応雇い主なので敬意は払います。
まあ、今来ている面子は皆上司みたいなものだけど。
・・・・にしても、問題児が良く揃ってここまで静かに辿り着いたものだ。
局長はともかく残りの2人が揃った状態で大人しくしているなんて、なんか気味悪い。
「なんだ。思ってたより元気そうじゃねーかィ。のくせに病室1つ占領なんて生意気でさぁ」
「真撰組幹部が勢揃いじゃないですか。なんか病室の入り口塞がれてるみたいで妙に圧迫感があるんですけど。なんの拷問ですかね?」
「・・失礼なやつだな。いっそ、その減らず口を事故った時に落っことしてくりゃあ良かったのにな」
「あたしを撥ねた野郎と同じことぬかしますね」
からりとした辛辣な物言いでいたいけな患者に不満を漏らすハニーフェイスは、真撰組・一番隊隊長の沖田総悟。
あたしの減らず口をさらに減らず口で切り返してきた瞳孔開いた喫煙野郎は、真撰組・副局長の土方十四郎・・・って、おいおいおいよくナースセンター通過できたなこの人。
煙草咥えてるよ。警察が禁煙区域で喫煙してるよ。
「副長さんもいっぺん撥ねられれば余計な物もなくなるんじゃないンすかね。瞳孔とかマヨとか煙草とかマヨとか・・あとマヨとか」
「マヨばっかじゃん!?おまっ?俺の何が気に食わないわけ!!?」
「まったくだ。ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞ!!」
「そうだ総悟。言ってやれ!」
「土方さんにゃあ不慮の事故で命ごと落っことしてもらわねーと困りまさあっ!!!」
「っそおぉぉごおおぉぉッ!!!上等だごらあああ!!そこになおりやがれえええぇぇっ!!!」
あたしの余計な言葉と非道な追い打ちをかける少年S(というかドSな少年)に、真撰組副局長の真剣がきらめいた。
「ちょっとちょっとォ!お前ら喧嘩は外でやれよ〜」
「え、喧嘩の基準ってなに?」
少なくとも刀振り回して命がけで走り回ることじゃあないと思う。
刀片手で病室を飛び出した土方と沖田。
近藤の気の抜けた注意は虚しく響いた。
ホントに、怪我人にイチャモンつけるだけつけて何しに来たんだあの人たち。
近藤さん見てみろ。
あたしの暇つぶし用に刀のカタログ持って来てくれたぞ。
全く必要ないけどね。護身用?護身用なのかなこれ?
―――で、病院のマナーなんてものを知らない野郎どもは、例のごとく銀時称するマウンテンゴリラな婦長にボコボコにされてから去って行った。
ちなみに被害はほとんど全部近藤さんが被ったようだ。
騒音の原因たるマヨラーとサディストは頭にタンコブひとつこさえただけで、何事もなかったようにボロ雑巾になったゴリラを引き取って帰って行った。
最低だよあいつら。
近藤さんの顔がゴリラなのもあいつらの所為だよきっと。
顔殴られ過ぎて変形したんだよきっと。
うるさいのがようやく帰っていたことで、あたしはようやく窓の外がオレンジ色になっていることに気がついた。
銀時に轢かれたのが正午過ぎ頃で、真撰組の三馬鹿が帰ったのが先程なのだから、本当に今までこの病室とその周辺は騒がしかったということだ。
なんか、もう、恥ずかしい。
今すぐ退院したい・・・。
「大人しくしてるから。せめて自宅療養に・・・・」
「さーん失礼しますねー。電話ですよー?」
「・・え、はい?」
今度はなんだろう。
・・父さんかな。
あ、お登勢姐さんもあり得るかも。
あたしが事故に遭ってたこと知って、連絡くれたとか?
でも、純粋に心配してくれてるんだろうなぁ。
無神経な野郎とか恩人轢き殺そうとする天然パーマとは次元が違うよ。
お父さんも姐さんも大好きっ!!
・・・・なんて。
下手に期待しすぎたあたしは受話器を耳にあてた途端、数時間前にその場にいた天然パーマの声を聞いて、夢と希望と共に地獄に堕ちた。
『あーもしもしちゃん?ちょっと迎えに来てくんない?タクシーで』
「・・・・・」
『まったく。銀さんが江戸の風紀守ってやったてのによお。悪人倒すためとはいえ、奉行所からパトカーぬす・・レンタルしたこと怒って放してくんねーんだわ』
「・・・・・」
『このままだと銀さんが連行されそうだからさ、その前に引き取りに来てくんね?保釈金持って・・おーい。ちゃーん?聞こえてますう?皆の銀さんが連こ』
「道交法違反でしばらく反省しろやマダオがっ!!!」
ブチッ
・・・ツー・・ツー・・
・・・・・なんか、人間不信になりそう。
あれ、目の前がかすんで何にも見えない。
明日の未来も見えないよ・・・・ぐすんっ。
原作第一話のアナザーストーリー的な。
今後もこんな感じに原作ネタが出てきます。注意お願いします。
タイトルがもう、アレなんで。
どのあたりのお話かは、タイトルから察していただけると助かります。