歪みが堕とした御伽噺
私的悪魔スケジュール

少女は悪魔に問います。

あなたの望みは何ですか?

悪魔はこれを聞いて大層楽しげに答えました。

人が悪魔の望みを叶えることがどういう時か、それ考えれば自ずと出てくるでしょう。
それを問うのはむしろ私の方だと言うことをね。

人の望みを叶えたことで得られる対価か――もしくはそれ以上の価値を持つモノこそ、悪魔が人に望むものなんです。
勉強になったでしょう?

「そうですね、今の私の望みと言ったら、今の私の鞭撻を受けた貴女の「素敵!」「すごーい!」的な賞賛の声と言ったところでしょうか!」

大仰な演説を終えた悪魔は期待の視線を少女に向けました。
そして彼女はまっすぐに見つめ返し―――。


「悪魔ってゲンキンなんだなって思いました」
「作文!?」

正十字学園理事長
ヨハン・ファウスト五世
正十字騎士團・名誉騎士(キャンサー)
祓魔塾塾長
メフィスト・フェレス

多くの肩書きを持つ彼だが、その特殊な存在からこの世界では敬遠されている。
身元然り、社会的地位然り。
しかし何も、地位があればいいというわけではない。
それに見合う能力が、彼に確かにあってこその肩書きである。

「すみませんね。今夜の夕食は一緒にできません」
「はい」
「お風呂までには帰ってきますからね!」

多忙さ故にこうした遣り取りも一度や二度ではない。
さらさらとの髪を梳かしながら、メフィストはまっすぐ見つめてくる深紅に目を細めた。
を引き取った当初は魚の腹のように青白かった頬も、今や血色は良くなり桜餅の様だ。
彼女の肉体が良好に傾いている様で喜ばしい限りである。精神的なものは・・まあ、だからということで、ある意味(メフィスト的には)良好と言っていいだろう。

「いってらっしゃいメフィー」
「ハイ、いってきます」
「・・・、」

恒例の挨拶となった会話の後にメフィストは幼い瞼にキスを落とし、白地にピンクと紫のキャンディのような装飾を巻き付けたシルクハットを片手に仕事にゆく。
デスクワークが彼の主な仕事だが、肩書きを多く持てばそればかりとはいかない。
事務や管理や果ては営業まで、実際彼のスケジュールは分刻みでみっちりと敷き詰められている。

何が言いたいのかというと、帰宅してから席を並べて食事を共にすることは本来難しいということだ。
権力者故の我が儘もとい融通というものが存在すれど、多忙であることは変わらない。
を構いたくてしょうがないメフィストにはついて回る仕事が最近うっとうしく感じており、それ以上に彼女が幼女らしからぬストイックさを発揮していることも、彼をよりやきもきさせているのだろう。

「新婚さんのテンプレートみたいに見送られるのも、悪くはありませんね。今日も一日頑張れますよ」
「ロリコンのテンプレートのまちがいじゃないですか」
「ふふん!お馬鹿さんですね。片方に年齢の概念がなければ、そんなもの成立しませんからね!」
「・・へりくつ」
「私の理屈と人の理屈が同等でないからこそ、貴女から見れば確かに屁理屈なのでしょう」
「・・・・む、」
「ふふ、いってきますね」

年不相応だからこその言葉遊びに満足したメフィストは、の頬をひと撫でして名残惜しさを見せずに仕事に向かった。
日常の不満はあれど、養い子の発展途上だが高い思考力が日に日に向上していることにメフィストは満足感を得ているのも事実。
人の子供の成長など一辺倒だろうと偏った知識を裏切って、は普通とは違うながらに充実な時間を過ごしているようで、ここ最近は絵日記までつけている。
ちなみに題名は『自由帳』。
ここ数日熱心に書き込む彼女を視界の隅を掠めては、メフィストは目下その日記帳を開けたくてしょうがない。


そんな遣り取りがあっても、一日は当然に過ぎてゆく。
が見送ってから数時間、ほぼスケジュール通りに(彼にしてみれば退屈に)仕事をこなしたメフィストは夜になってようやく帰宅した。
デスクワークも会議も視察や部下の後始末も慣れたモノであり、面白みの欠ける仕事に費やす時間と比較して可愛い養女との短時間の遣り取りを思い返すと、―――。

「(ああ、早くで癒やされたい)」

今朝は言葉遊びでからかってやったが、仕事の後はあの子供体温を心ゆくまで抱きしめたい。頬ずりしたい。
この時間では夕食は食べてしまっただろうか。
遠慮というものは心得ていても、約束や言い置きには忠実な彼女のことだ。
夕食はちゃんと済ませていて、入浴は己が帰ってくるまで待っているはず。

「(まあ、あのちまちました身で一人で入浴させるのも危ないですし)」

頭脳は並外れていても、身長も手足も短い人間の子供だ。
温泉施設のごとき自宅の浴場に放り出すには、心配要素の方が断然大きい。
人間は肺臓に水が入っただけで死んでしまうのだ。目を離している間に溺れていたなど洒落にならない!

「(知らぬ間にの身がもしも風呂場に浮かんでいたらと思うと、・・・・あぁ、私の癒やしがっ!!)」
「おかえりなさい、メフィー」
「はい、ただいま!」

仕事部屋の扉を開け放った先にある光景を慣れたように見回せば、目的のモノはすぐに視界に入る。
装飾に拘った猫足チェアに子犬のぬいぐるみと一緒に埋もれながら電子辞書をプチプチと押していたは、ノックもなく扉を開けたメフィストを視界に納めると、ゆっくりと瞬きをしてから抑揚の少ない声音でさえずった。
笑顔で何事もなく返事をする男が、その瞬間までいかに彼女が可愛らしくも脆弱な存在であるかと悶えていたなど知るよしもない。

「アインス・ツヴァイ・ドライ」パチンと指を鳴らし、白衣の王子と道化を足して二で割ったような出で立ち(自称正装)から一変、簡素な浴衣姿(達筆な「侍」の文字が沢山プリントされている)に早変わり。
一見ただの奇抜な装束の変人だが、指を鳴らして魔法を目の当たりにすることで彼が人ではないことを改めて再認識する。
瞬きをする間の事象を見守っていたをメフィストがひょいと抱き上げて、片腕に乗せる行動は今や当然の如くである。
方や彼女も彼の行動を咎めることなく、落ちないように首に腕を回す。
短い腕では後ろまでまだ回りきらないので、浴衣の襟をきゅっと握る。

「大人しく留守番をしてくれましたか?」
「・・・・番はしてない。メフィーを待ってただけ」
「くくっ、そんなに私とお風呂に入りたいですか。そうですか」
「やくそく、でしょ?」
「ええ、ええ、そうですとも。貴女のそういう約束事に忠実なところは親近感を覚えますよ。人の揚げ足を無意識にとるところもね!」

照れ隠しなのか、そうでないのかは表情の抑揚が乏しいが故に計りきれないが、彼女の普通とは違う捻くれともとれる遣り取りはメフィストのお気に入りだ。
そしてたまに素直さが行動に出るギャップもまた萌えることも。

を抱えたまま、仕事から帰ってきた時と同じ扉を開くと、なぜかそこはには湯煙立つ浴場だ。
アニメの自称青い猫の秘密道具を連想した彼女が「どこ○もドア」とつぶやいたのは記憶に新しい。
「ドアを持ち運ぶなんて不便でしょう。私のどこにでもつながる鍵の方がずっと便利です!」と妙な対抗意識を燃やしたのもまた最近のことである。

「もうおふろ?メフィーご飯は?」
「私が食べてる間に貴女が寝てしまっては元も子もありませんからね。眠い目をこすって電子辞書をいじるも可愛いですが」
「・・あ、ありが」
「ふふん!私紳士ですからねっ。お子様とは言え、女性に気を使わせるわけにはいきません!」
「・・・・・」

一瞬の穏やかな心遣いから一変、最後の余計な一言では言いかけた言葉を閉ざしてメフィストの首元に顔を埋めた。
この人本当に自称紳士だなとは心の中でより一層納得した。


もともとの子供体温が湯に浸かり、より血色の良くなった頬ではうっとりともぼんやりともつかぬ表情でメフィストの膝の上に大人しくしている。
湯船の中で彼が囲うようにしている腕を放せばあっさり沈んでしまいそうな危なっかしさだ。

「(ああ、でも人間って何もしなくても浮くんでしたっけ)」
「ふぁ・・・」

不穏なことを考えてる下で、当人は何も知らぬまま小さくあくびをしてうつらうつらと船をこぎ出す始末である。
普通子供は体温が高いので長湯を嫌うモノだと思っていたのだが・・と、メフィストはしみじみと普通とは違うの旋毛を長めつつその体を揺すってやる。

出ますよ。寝ちゃうんですか?溺れますよ?」
「ん・・め、ふぃ・・・だっこ」
「悪魔的甘さっ・・・っく、ここで不意打ちとは。なかなかやりますねっ!」
「・・・・」

眠い目を擦りながら舌足らずの仕草に、勝手に拳を握って一人で盛り上がっている悪魔を半眼で見つめる幼女は諦めたように体の力を本格的に抜いた。
一糸纏っていない事実があってもやましさがないのは、年齢差や肉体差というより両人が違うベクトルに思考が偏っているからだろう。
は言わずもがな、メフィストに至っては下心があっても盛り上がる方向が明後日だ。

風呂から上がって、なすがままにふわふわのタオルでぬぐわれるはほとんど眠っているようなもの。
甲斐甲斐しく悪魔に入浴を手伝わせる人間などくらいしかいないだろう。
メフィストもメフィストでこれを面白がってしているのだから、ある意味バランスはいいのかもしれない。

しっとりと濡れた飴色の髪を梳かしながらメフィストが、

「寝ちゃうんですか?まだ起きてくれないんです?」
「・・・・んー」
、あとちょっと構ってくださいよ。私充電が切れそうです」
「・・・・んー」

むずがる幼女に構いたがる大人げのなさを発揮しながら小さな頭に頬ずりする身長190センチ強。
犯罪を犯しているようにしか見えないのが残念だ。
親子間から出るであろう慈愛や遠慮よりも、私欲で最後まで構い倒そうとする無神経さに自称紳士は消え失せた。

浴場に入ったときと同じ扉を開ければ、今度は寝室につながる。
不可思議な出来事を当たり前のように展開しても、今やそれを不思議に思う者はここにはいない。
冬眠中の小動物のように体を丸めようとするを抱きかかえながら共に寝台に入る。
二人の行動は当たり前の事のように自然だ。

「・・・ぉやすみ・・さい」
「はい、おやすみなさい」

しかし生きるのに最低限の睡眠を必要としないメフィストは短い睡眠時間をと共有しても、結局すぐに目を覚ましてしまう。
毎日ぎりぎりまでが寝るまで構い、一時間ほど横になって目を覚ましてから彼女が目を覚ます明け方までアニメを見たり、ゲームをしたり、に着せる洋服のカタログをめくり、偶に仕事をしたり・・・(以上優先順)しながら悠々自適に時間をつぶす。


「・・・・ハニシスの彼女、に似てますね」
「・・・・次作は再来月ですか。ではもう一度全キャラ攻略しなくては!」
「・・・・メイド服と猫耳のコラボって何故ときめくんでしょうか」
「・・・・おっと、私としたことが!今日のを写メルのを忘れてました。可愛いウサギさん!」

ぴっこん☆
という携帯とデジカメ装備した明らかな変質者が深夜に出没していることをが知るのは、彼女がもう少し成長してからである。



(んー・・・・・ふぁー・・お、はよ・めふぃ)
(はい、おはようございます・・・ふむ、折れた天使の羽も廃退的で捨てがたいですが、悪魔や人魚でもなかなかイケるかもしれませんね)
(・・・・・なに、が?)
(はい?貴女の新しい寝間着に決まってるでしょう?)
(・・・・・)

うちのメフィーがお馬鹿っぽいのを寛容なお心で読んでくださる神様のような読者様に感謝いたします!!!
メフィストの私欲がオープンな一日でした。
なんやかんやで養い子が可愛くてしかたないようです。
ナチュラルに犯罪臭いこの悪魔。いろんな意味で末期ですね!
口を開けばまさしく自称!(←)紳士のごとき所行する彼はやっぱり悪魔です。
普通に軽口たたき、普通に幼女とお風呂入っちゃいますからね!