そもそもという少女が「普通」と言う枠に入らないのはすでに周知である。
好奇心があるにはあるが、それはほぼ己の知識欲を満たすのが主となっており、現在彼女の友達は本と電子辞書。
柄にもなく彼女の社交性に不安を抱いたメフィストが、思い切って、本当に思いきって(何故か)某メイド喫茶で外食してみたものの、人を怖ることなく普通にメイドさんと談笑していた。むしろメフィストの存在で周囲の客が半径二メートルほど消えた。
その次にはさらに思い切ってメフィストは、己がパトロンの児童養護施設に視察のついでにつれていってみた。
もともと――そことは違うが――施設で育ったである。珍しい赤い目という容姿で敬遠されがちだったのだが、念のためカラーコンタクトをはめてつれていくと、好奇心の強い子供達に埋もれてしまった。
「うちの子になんてご無体なっ」メフィストの嫉妬を買って終わった。
いやがるわけでもなく、無難に人付き合いをこなしていたはどうやら人間不信というわけでもないようだ。
「うーん、それでは何故・・・」
理事長室の豪奢な椅子に腰掛けたメフィストは、その膝に抱き上げた養女の頭を撫でながらふと思い浮かんだ疑問をつぶやいた。
「、反抗期は来ましたか?」
「メフィー大丈夫?・・・・反抗して欲しいの?」
このような質問、普通は面と向かって聞くものではない。
しかし人間の普通とは離れ離れて、さらにかけ離れた悪魔メフィスト・フェレス。人間の世界に住み着いていてもその根っこはずれていた。
しかし、その心配内容は一般の親心のようで、むしろそれを問われたの方が心配してしまう。見上げる赤い目は不審げに細められていた。
「反抗して欲しいんです!」
一にもなく悪魔は叫んだ。
「・・・・・、」
「「メフィー嫌い!」とか言って家を飛び出す貴女!傷心の私。数時間後に涙に濡れた瞳で「やっぱりメフィー・・離れられない」燃え上がる二人!・・・・萌えますね!!」
「反抗期まちがえてます」
拳を握り、一人小劇場を繰り出してくれた彼の思惑をは白い目で見ていた。
それは反抗期ではない。ただのラブコメだ。
基本姿勢が冷静なには望めそうにもない展開である。
「して下さいよ反抗期!私の萌えを充填させて下さい。カモン、リア充!」
今度は両腕広げる悪魔に、しかしその幼女は果てしなく氷点下だった。
「メフィー、それはたぶんツンデレのことだと思います」
「く、まるでツンドラ地帯、しかし負けません!とにかくの反抗期が見てみたいっ!」
「・・・・甘えて欲しいんですね」
「うう、頭良いですね・・そうです。デレて欲しいんです!!べたべたに甘やかしたいんですー!!」
日常の思考さえ萌える事柄にベクトルが突出しているメフィストは半泣きで幼女に覆い縋った。
おとぎ話の王子様と道化を足して二で割ったあごひげ悪魔がやっても犯罪臭が漂うばかりだ。襲いかかっている様にしか見えず、残念で仕方ない。
「いつかのように、今度は惚れ薬でも試してみませんか?」
「そら恐ろしい寝言ですね・・」
「そうですか・・。では今度は食事に混ぜてみます!楽しみですね!」
「・・わたしを餓死させたいんですか」
メフィストが人の話を聞かないのは今に始まったことではない。自分の意思を通すために人の言葉が耳を素通りすることも。
たとえ自身が心底可愛がっている養女だろうとも、自分の欲望に忠実な彼は、それの達成のためなら躊躇することはない。それがどんな手だろうと―――。
「この変態悪魔・・」
「ふっ、悪魔に人道なんてものないですからね。変態と言われようと痛くも痒くもありません!」
いつものようにの反論をメフィストは鼻で笑うばかり。
ところが今日のは一瞬考えるように視線を彷徨わせると、何かを思い出すようにとつとつと記憶にある単語を引き出した。
「脳内お花畑」
「・・・・・・はい?」
「ど派手ピンクピエロ」
「だ、誰からそんな暴言を!?藤本さんですか?藤本さんですね!?」
「煩悩まみれのオープンエロイスト」
「や、やめ・・・ぎゃあああああああ!!!」
の口からどんどん危ない単語が飛び出してくる事実に、とうとうメフィストの中の何かが爆発した。
「ヤメテ下さい!なんですか、なんでしょうか!?私の純真なが汚され・・汚され!?誰ですか!私のを蹂躙してくれたのは!!藤本破裂しろ!に近づいた虫は即座に辻斬りでフルスロットルに殺処分です!!!」
「メ、メフィー・・?う、げふ!?」
自分でしでかしたことだが、さすがに支離滅裂な彼の壊れ具合に危機感を感じた。じりじりと後ずさりして、距離を取ったところで素早い両腕にとらわれてしまった。
少々乱暴に引き寄せられた小さな体はメフィストの胸の中。
反射的にじたばたと両腕をばたつかせたが、小さな抵抗にもならずにさらにぎゅううと抱きしめられた。
苦しいだけだと悟りようやく大人しくなったを、メフィストは青筋立てた満面の笑みでのぞき込む。
「ふははは!かわいーかわいー私の?お前の安寧のために殺処分すべき虫の名を言いなさい。即座に今すぐ直ちに!」
「・・・う、」
「さあさあ、言うんですよ。私に告げ口してごらん?そうしたらお仕置きはほどほどにしておいてあげますから」
「おしお・・・?」
すでにメフィストの叫びの中に容疑者の名前が出ているのだが、彼は直接彼女から聞き出そうとしている。
まさか彼女の口からとんでもない単語が出てきた事にかなり動揺しているらしい。
自身の口から入れ知恵した犯人の名を聞くこと、そして言わせることで事の罪深さを自覚させたいのだろうか。もしくはその反応を見ることで自身を落ち着けようとしているのであろうか。
「・・・・・」
「・・・メフィー・・・」
その思考を見透かす事はとても困難だ。
しかしどこか切羽詰まった様子の彼を見、はまさかと脳裏にあり得ない想像を浮かべた。
「メフィー・・・怒ってる?」
「とんでもない!私はいつでも何を言われようと貴女が可愛いだけですよ!ぐちゃぐちゃに可愛がりたいだけです!!」
「・・ほどほどって言葉を知ってますか・・・」
「知ってます!ただし!わが娘を全力で愛でなくて一体何を愛でろと言うのです?」
「・・・・、・・むすめ」
「そうです!!うちの子に何という暴言を吹き込んだのか!犯人はわが手で破滅させます。むしろ破裂させます!」
思わぬ不意打ちで今度はが思わず口をつぐんでしまった。
メフィストは今、「わが娘」と言っただろうか。
それまで思わせぶりであったり、さりげなくだったり、自分の家族だと面と向かってそう断言してもらったことは初めてではないだろうか。
引き取られた当初には抱かなかった――胸が温かくなるような――感情に、は抱かれたメフィストの腕に自分の手を添え―――。
「メフィー・・・」
「ふふふ、話す気になりましたか?」
「メフィー・・わたし、メフィーがすきです」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・ぐぼはっ!!」
吐血された。
「な、なんで、なんです・か?・・え、」
しどろもどろになりながら、メフィストはのぞき込んだの表情にまたも絶句した。
色づいた頬、潤んだ深紅の瞳、感激にふるふると震えるまつげ、悩ましげな唇。
という幼い器とそれに見合わぬ魂をもつ歪んだ存在は、精巧に出来たビスクドールだ。
そしてそれに感情という命を吹き込めばこのような傑作ができあがるのだろうか。
あまりに急激に起きた変化に、悪魔の口角は邪悪につり上がった。こくり、のどが鳴る。
「ふ、ふふ・・ふははははは!!」
「・・・・・」
「あっは、あはははははは!!」
「め・・・ふぇっ!?」
さらに引き寄せられた体は互いに向き合うような形になり、さらに顔を近づけてきた悪魔は心底愉快だというように「にまあ」と嗤った。
八重歯の覗く口角はつり上がり、垂れ目がちな双眸にはギラつく欲望の光をはめ込んで。
それはまさしく獲物を眼前にした獣の形相だった。
「・・・・く、ははは・・可愛いですねぇ・・・ああ、・・」
「・・・・・」
しかしはそれに対して、先までの人らしい恥じらう姿を切り落とし、すうっと深紅の目を細めるだけに止まり、悪魔然とした男をただじっと見つめ返すばかりだ。
それが滑稽でおかしく悪魔は再びクツクツと嗤う。
これに恐怖の色がちらとでも見えれば、それはそれで彼女の人間らしさとして認知されるだろう。
それでも鉄仮面になりはてた少女は、どこまでも冷静でメフィストの好奇心をまだまだくすぐってくれる。そしてまたそれにメフィストは狂喜する。
もしかしたらその無表情こそがの「恐怖」という表情なのだと考えることも出来るが、それを肯定するにはまだ早い。
「メフィー・・・痛い」
「あ?・・ああ、そうですね。ついつい・・・」
華奢な両肩に埋め込まれた自身の手を一瞥し、メフィストはようやくその力の強さ加減に気がついた。
さして強いとも思えない握力で、しかしそれを「痛い」というの脆さを再認識したのだ。
「(ふはは、私としたことが我を忘れるとは)」
を引き取ってから、メフィストは彼女に感化されていることに気付いていた。しかしそんな自身の奇行に対してもメフィストは面白いと思ってしまう。
も含め、メフィスト自身さえ享楽に利用する。
しかし理性があるからこそこれまでこの幼い子を壊さずにいられるのだ。
実のところ、という存在とメフィストという悪魔の共生はかなりギリギリのライン上で成り立っている。
「貴女は本当に・・・」
「・・・うん?」
「ああ、可愛い可愛い可愛い!ぐっちゃぐちゃにしたいですねェーはぁ〜」
「・・・すでにメフィーの頭の中がぐちゃぐちゃにヒサンだとおもいます」
こちらの考えがこの子供にどこまで及んでいるのか。
きょとんと首をかしげる愛らしい所作に思いがけず胸をときめかせたメフィストは、いたわるように頭や顔中にキスの雨を降らせる。
下心も含めた彼なりの謝罪なのだろうが、直前の台詞で雰囲気も何もかもが台無しだ。
「ん・・ぅ」
「はぁ・・・・うーん柔いですねえ」
膝上のビスクドールがぐったりとしながら悪魔の胸に寄りかかる。それをメフィストはよしよしと背を撫でる。
いいように可愛がられ、日常的に危うい行動を起こすメフィストだが、それを知ってなお逃げ出すそぶりさえも見せない。
無垢と言うほど何も知らないワケではなく、それを覆す頭脳まで持っているはずのこの幼女。
メフィストが悪魔だと自ら看破したにも関わらず、彼への態度も変えない。
最初の衝撃的な出会いからどれほどたっただろう。体と魂は相変わらず歪んだままだが、人格は出来つつある。
「(ああ、まるで花が開花する様を見ているようだ)」
引き取った当初の青白い肌は健康的な白さを取り戻し、元々赤い瞳は甘い血の色が豪奢な宝石のように本来の色彩を取り戻している。
それを自らの手の中で磨き上げたのだと思えば、その感動もひとしおだろう。
「ふむ、やっぱり反抗期は当分先で良いですね!」
「・・・・・はあ」
そもそもの年齢で反抗期を催促すること自体おかしいのだが、「普通」ではないメフィストとにはその規格は当てにならないのが現実である。
「ああ、でも今世紀初のの極上デレを堪能できた気がします。かなり萌えましたね!吐血するほど!」
「わたしの真心がチリとなって消えたけど・・・」
「貴女の心、受け取りました愛し人!十年後はもっときわどくてもOKですよ!!」
「鼻息あらいです下心の化身」
「ふふふふふ!良いですねこの格差!ぞくぞくします」
「・・・・・・・」
手の平で数えられる年齢の幼女と、桁からして悪魔年齢の似非紳士の非現実なコンビはこうして元のテンションに戻る。
ただしいつもと違うのは、その翌日、メフィストの標的となった聖騎士(パラディン)の悲鳴を理事長室で何名かが聞いたという噂だ―――。
(よくも私のを汚してくれましたねえ)
(・・・・おい、俺は事実しか言ってねえぞ。それになんだ、その薬瓶は)
(飲めば分かりますというか是非貴方に飲んでもらいたくて取り寄せましたさあ飲みなさい(死になさい))
(おい)
おかしなことに犯罪臭しかしないコンビです。
そしてやっぱり寸止め(笑)