真白のマントの男を眺めながら彼女は思います。
どうして、この人、いや悪魔は人を喰わんとするように見据えてくるのか。
時間を共有する度に彼の視線は自身をとらえ、見えない深層をのぞき込もうとする。
無遠慮といえば聞こえが悪いが、彼の双緑は自身の何かを探ろうとしているのは確かで。
けれど、もの言いたげな視線を注ぎながらも、なかなかそれを話題に出すことはない。
なぜなら、趣旨は違えども彼に期待しているのだ。
視線を窓の外に向けながら、彼女は期待をする。
あのシャボンのような薄い膜で囲われた色彩は、彼がもしもの時の心の動きにどんな変化を引き起こすのかと。
己自身よりも謎に包まれた・・否、謎そのもののような彼と同じ色彩を持つ、彼色の薄膜がとても気になってしょうがないのだ――――。
メフィストが魔法(の様なもの)を使えると発覚してからは、彼は遠慮なくの目の前で様々な物を浮かせたり消したり出したりを繰り広げた。
が生活の一端に入ってから一週間も経ってはいないが、彼女がいろいろと図太い事が発覚した事を期にこれまでメフィストが気を使っていたものが少し緩んだとでも言おうか―――。
それでも彼が抱える大いなる謎の一端に過ぎないような気がするのは、メフィストそのものが胡散臭さで構成されたような存在だからだろう。
「ぽるたーがいすと・・・」
「言い得て妙ですね!」
ポンとコミカルな音と煙と同時にそれらは消えた。
宙を浮いていたティーカップを見送ったは、ぽつりと最近辞書で調べた言葉を呟く。
先日が辞書を引く事に驚いたメフィストは、彼女に電子辞書をプレゼントした。
ちなみに色は特注色メフィストピンク。色が彼女自身の選択ではないことはあえて言っておこう。
小さな身体に広辞苑は大きすぎるし重すぎるという事もあるが、小さな端末をプチプチと押す姿が(メフィスト的に)妙に可愛いという事もある。
「それにしても、は私がいない間何をしているんです?敷地内にいるのは知ってますが」
「セーターのあみめの数を数えてます」
「ぶっ・・・・・」
「・・うそです」
「・・安心しました」
この子ならやりかねないと思ってしまったメフィストは、真顔で冗談を言うに呆れると同時に親しみも感じてしまった。
特に何かを欲しがるでもなく、何かをしたいという事もなく、規則的な生活を彼女は送っている。
部屋の窓から差し込む日の光を浴びて起床し、メフィストが買い与えた服を着て(偶に彼が選ぶ)身支度を整え、共に朝食を取り、どこかに行ったと思えば、昼食頃に顔を出して食事し、再びどこかに行ったかと思えば、3時のおやつに顔を出し、またまたどこかに姿を消しては、ようやく夕方に帰って来て、夕食が始まるまでメフィストが仕事をする部屋で電子辞書をプチプチと操作するか興味を引いたインテリアを引っ張り出したりする。
最後は危ないという理由でメフィストと入浴、寝巻(うさぎ耳付き)に着替えて、お子様時間に就寝。
多忙なメフィストがと顔を合わせる今現在の状況である。
呆れる程に規則的で、食べる時にしっかり顔を出すこの子供。ちょっと呆れた。
だが規則正しすぎて、幼子にしては異常と言っていい。
迷惑をかけるでもなく、静かにメフィストの傍に現れる。
この子供が異常なのは元からだとしても、食事の合間に出来る行動時間は、今や謎めいていて妙に気になる所である。
「メフィー・・・」
「なんですか?」
「目がいやらしい」
「・・・ぶっ」
い、いやらしい、だと!?
まるで思春期の女子高生ではないか!と、メフィストは瞠目するが、半眼にこちらを見据えてくるに自分が一体どういう目で彼女を視界に入れていたのかを考えた。
「(・・おや)」
そして気づく。
どうやってこの幼女から情報を引きだそうかと考え、どうやってこの掴みどころのない小娘を困らせ(自分流に)可愛がろうかと策画していた。
人間の世界で腐っていても、己はやはり悪魔である。
―――まあ、だからどうという事ではない。
彼女への嗜虐心などさしたる問題ではないし、困らせたりするのも寧ろ愛情表現の様なもの(と、メフィストは考えている)。
ただし事が過ぎれば壊れてしまうのが人と言うもので、の身はその中でも弱者に位置する。
精神的には問題ないだろうが、身体は生まれたてほやほやと言って過言ではない。
可能であればなぶる様に可愛がりたいと思っても、それが不可能である事は理解している。
おそらくそう言ったメフィストの心理を、鎌首もたげそうになったソレを本能的に感じ取ったは、それに釘を刺したのだろう。
いやはや。
良い意味で末恐ろしい子供である。メフィストの未来は明るい。
「っくく・・失礼しました。私としたことが。ですが、貴女が謎めいている所為ですよ?」
「なぞ?」
「そうです!家族になったばかりだというのにっ。だからこそ、私達にはまだまだ共有する時間と言うものが少ないのです!!」
「うーん」
難しい事を言っているわけでは無いといういのに、は思案気に小首を傾いで唸った。
しかし恐らくは、また子供らしからぬ事を考えているのだろうとは窺える。
「まあ、問い詰めたいという訳ではないのですから。ちょーっと興味があるだけで!」
「・・・メフィー、それはムジュンです」
「ほうナルホド、そうですか。ではでは一体何をしているのでしょう?私の目の届かないところで?」
思った通りの返答に嬉しそうにメフィストはに遠慮なく問うて来た。
この道化は、初めから引き下がる気などこれっぽっちもなかったのである。
しかし問われたはと言えば、言葉遊びに引っかけられた事に気づいているのかそうでないのかきょとんとしている。
「そこまできになるの?」
「ええ、」
「メフィーがキタイするものじゃ、ないんだけど・・」
「期待ですか。しかしそれが面白いかどうかを決めるのは私自身ですよ」
「むう」
屁理屈をごね出す悪魔に呆れたのか、の頬が膨れた。
方や、なかなか語らないにメフィストも少々焦れ出した。
今更ながら、何とも可笑しな構図である。
しかし先に口を開いたのはやはりというか、の方で。
「かんさつです」
「観察、ですか?」
こくんと頷くを見て、さてこの子は一体何を観察してるのだろうと。
そもそも、このメフィストの城とも言っていい居住空間の広さで観察対象など・・・・。
否、そもそも観察って主に動植物に対して言うものではなかったか?
【観察】
物事の真の姿を間違いなく理解しようとよく見る事。 by広辞苑
「・・・ここにそんな物ありましたかね?」
「ちがうメフィー。わたしが見ていたのは、外のけしき」
「窓の外の景色?・・・鳥とか花とか、そういうのでしょうか?」
「ううん」
首を横に振り、は部屋にある大窓の方を指差してハッキリと言った。
「メフィーの結界」
「・・・・はあ!?」
「メフィーの感じとにてるからすぐにわかった。シャボンみたいなのが、とおくまで広がってる」
「け、結界が目視できる、と!?」
「うん」
そしてハッキリと頷いた。
あまりにあまりな彼女の能力にメフィストは最早脱力するしかない。
もともとの目は特殊であるが、まさかここまでとは。
「ふ、ふははは!ああ、もうっ貴女は本当に素晴らしい!面白い!」
屋敷の外の結界を目視し、それを迷うことなく「結界」と理解し、なおかつそれを張っている術者まで割り出す。
優秀すぎるほどに優秀で、かつ己を飽きさせない。
小さな身体を抱き寄せ、いつかの様に目尻にキスをする。
それが喜びなのか愛情なのかご褒美とでもいうのか、しかしいまだはそれが訳の分からない行動として認識されていることはメフィストは知らない。
「そうですか結界まで見えるとは、まるで祓魔師になる為に産まれて来たような子ですよ。貴女は」
「えくそしすと・・・」
「私が与えた辞書があるでしょう。後で調べなさい。まあ、簡単に言えば悪魔祓いする人間の事です」
「メフィーは悪魔だからはらわれる方?」
「ふふふっ、どうでしょう?」
疑問を疑問で返されたは、感慨もさほどなさそうに「ふうん」とメフィストの胸に頬を寄せた。
感情の起伏が微妙で考えている事もいまだよく分からない幼女だが、メフィストへのスキンシップは慣れて来たのか、最近は膝の上に抱き寄せれば自然と肩の力を抜いてすり寄ってくる。
ただし、何も考えていないようで考えているのがである。
クルリとした血色の瞳を上目遣いにして、しばらくメフィストを見上げると困ったように視線を反らした。
「えくそしすとには、ならない―――メフィーははらえない」
「そうですか。を引き取った恩があるから、ですか」
「それもある・・けど・・なんか・・・」
―――メフィーがいなくなると思うと、いやだ。・・さみ、しい。
「・・・・っ!・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・メフィー、鼻血」
「で、デレ・・・降臨っ」
手袋を真っ赤に染めた悪魔は、引け腰の幼女に鼻息荒く親指を立てた。
その後、はメフィストの仕事部屋(主に理事長室)の出入りを許可され(元々禁止していたわけではないのだが)、仕事で部屋を出入りする教師や祓魔師がその幼女を発見してはあらゆる方向に噂が飛び交ったという。
もちろん、いい意味ではない噂であることは、彼らの見目に問題があると言っておこう。
((コンコン)失礼します理事ちょ・・・)
(!これ!この猫耳を頭につけてください!・・お、おおっ、ではここで一つ「にゃん☆」と!!)
(あっち行けにゃん☆)
(アドリブできるんですね!?お次は甘い言葉を一つ!!)
(お仕事するメフィーはステキにゃん☆)
(そこの貴方!突っ立ってないで用件を言いなさい!!仕事なめてるんですか!?)
(は、はあ・・(これは一体何という拷問だろうか・・・))
とんでもなくぐだぐだ